6月20日、厚生労働省は、仕事が原因でうつ病等の精神障害を発症した場合の労働災害の認定基準について、カスタマーハラスメントも心理的な負荷が大きいとして、考慮すべき類型に追加することを決めました。
*参考リンク:時事通信社2023年6月20日配信記事
カスハラに関するトラブルが多発する近年、特に介護現場では利用者やそのご家族から受ける被害が社会問題となっています。 現時点では改正時期など詳細は明らかとなっていませんが、厚労省が今回実施する労働災害認定基準改正が介護現場にどのような影響を与えるのかを考察します。
考察にあたって、介護職員が利用者の介助行為の際にぎっくり腰になった場面について考えてみましょう。
その介護職員は当然、治療のために病院を受診しなければなりませんし、少なくとも数日間は仕事を休まざるを得なくなります。この場合、この職員が全く何の補償も受けられないとすると、生活に支障を来しかねません。
そこで、雇用主が労災保険に加入している場合、このような業務上の負傷については労災保険による給付が行われます。具体的には、治療費や休業補償に関して一定の金額の補償を受けることができます。
介助中に起きたぎっくり腰であれば、業務災害であることは明らかなので、労災認定は容易です。
しかしながら、うつ病等の精神障害の場合はその原因が業務によるストレスなのか、業務以外のストレスが原因なのか、はたまたその職員の既往歴・アルコール依存状況・生活状況等(個体側要因)が原因なのか、一目瞭然とはいきません。
そこで、うつ病等の精神障害について業務災害に該当するかどうかを判断するため、厚労省は『精神障害の労災認定』というパンフレット、以下「当該パンフレット」といいます)を公表しており、労働基準監督署では、当該パンフレットを元にうつ病等の精神障害に関する労災保険請求に関して労災に該当するか否かを判断しています。
ここで示されている精神障害の労災認定要件は、次の3つです。
② 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6カ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
今回の労災認定基準の改正は②に関する改正ですので、ここでは、特に②の要件について解説します。
例えば、介護職員が職場でミスをしたことが原因で、上司から職場内で公然と1時間以上も大声で「この給料泥棒が!」「お前みたいな無能はさっさと職場から消えろ!」等と人格や人間性を否定するような言葉で罵倒され続けたとします。
しかも、それがたった一日ではなく、数日にわたって複数回ありました。かなり執拗で悪質な叱責ですね。
このような具体的なエピソードは、当該パンフレットのp.9の項目29のパワーハラスメントの類型のうち、心理的負荷が「強」と判断されるエピソードとして位置付けられます。
このように、実際に生じた具体的な事実関係を当該パンフレットの表に当てはめ、その事象の心理的負荷の「弱」「中」「強」を評価し、出来事が複数ある場合は、総合評価して「業務による強い心理的負荷が認められるか否か」(上記②の要件)を判断することになります。
上記のようなパワーハラスメントの事例については、当該パンフレットの「具体的出来事」の一覧表に類型が掲載されています。
しかし、顧客との関係については、「顧客や取引先からクレームを受けた」(当該パンフレットp.7の項目12)という類型は存在しているものの、カスタマーハラスメントそのものを対象とした規定はありません。
今後、具体的な類型が追加されることにより、カスハラに関する具体的な事実関係によってどの程度心理的負荷を受けたのかがより直接的に判断し易くなります。
その結果、カスハラに起因する精神障害について労災認定される件数は増加すると言えるでしょう。
カスタマーハラスメントが新たに労災認定基準に追加されることを受けて、「雇用主の負担がより一層重くなる」といった経営者層の反応も見られます。もっとも、筆者はカスハラが新たに労災認定基準に追加されようがされまいが、雇用主がやるべきことは変わらないと考えています。
筆者が介護現場で働く職員からヒアリング調査を実施したところ、カスハラに関して意外な声が数多く聞かれました。
弁護士法人かなめ代表弁護士。29歳で法律事務所を設立。 現在、大阪、東京、福岡に事務所を構える。顧問サービス『かなめねっと』は35都道府県に普及中。 福祉特化型弁護士。特化している分野は、介護事業所・障害事業所・幼保事業所に対するリーガルサポート、労働トラブル対応、行政対応、経営者支援。 無料で誰も学べる環境を作るためYouTubeチャンネル『弁護士法人かなめ - 公式YouTubeチャンネル』を運営中。https://www.youtube.com/@kaname-law テキストで学びたい人向けに法律メディアサイト『かなめ介護研究会』も運営中。 https://kaname-law.com/care-media/