かつては「良い支援さえしていれば、自然と利用者さんは集まるはず」という考え方でも放課後等デイサービスや児童発達支援事業所の経営が成り立っていた時期があったかもしれません。
しかし、現在は事業所の数も増え、放課後等デイサービスという選択肢自体が当たり前になりつつあります。
保護者が“選ぶ時代”になったからこそ、支援の質に加えて事業所の価値を伝える方法やそのための仕組みづくりも大事になっています。
連載最終回の今回は、安定した事業所運営のために、すぐに実践できる5つのアクションをご紹介します。
アクション1:ペルソナを設定する
サービスを構築する段階であったり、ウェブサイトやSNSで事業所について発信するなど集客活動をする際にまずおすすめしたいのが、ペルソナの設定です。 マーケティングやブランディングによく使われる考え方ですが、放課後等デイサービスの経営にも役立ちます。
ここで言うペルソナとは、事業所のサービスを利用してほしい“理想の家庭・児童像”のこと。年齢や家族構成、生活スタイル、価値観や悩みまで具体的にイメージしていきます。 なぜペルソナが大切かというと、「すべての人に満足してもらおう」とすると、結果として誰にも響かないサービスになってしまうことがあるからです。
届けたい相手が明確になると、日々の療育や営業活動もブレにくくなります。
たとえば大阪市内のある事業所では、次のようなペルソナを設定しています。
ペルソナの一例
- 小3の男の子と年少の女の子がいる共働き4人家族
- 世帯年収1200万円、・分譲マンション暮らし
- 週末は家族で外出し、年3回旅行にも
- ミニバンを所有し、おしゃれでスマートな生活スタイル
- 夫婦は子どもの発達に心配があるが、のびのび育ってほしいと思っている
- 兄は妹想いで妹はおとなしい
- 子どもは親と同じ美容室に通っている
- 子どもの靴は、ニューバランス
- youtubeをあまり見せたくないけど、子どもの要求に負けてみせている
- スイッチで一緒に遊ぶゲーム好きなお父さん
ここまで具体的に描くことで、「このご家庭が安心して利用したくなる事業所ってどんなところだろう?」と考えることができ、雰囲気づくりの指針・スタッフ像・支援の方向性まで自然と見えてきます。 そして、「このご家族に出会うために、どこに営業すればよいか?」という問いにも、スッと答えが出てくるようになります。
ペルソナ設定によるメリットを整理すると、以下のようになります。
ペルソナ設定で得られるメリット
- 利用者ニーズに合ったサービスがつくりやすくなる
- 営業先が明確になり、無駄なアプローチが減る
- ホームページやSNSの発信の方向性が定まる
- スタッフ間での判断基準が統一され、ブレが少なくなる
「うちはこういうご家庭を得意としています」と、思い切って方向性を打ち出すことが、結果として信頼され、選ばれる事業所づくりにつながっていきます。
アクション2:送迎の時間に地域の信頼を積み上げる
皆さんの事業所の中身を知っているのは、実際に事業所を利用している児童と、そのご家庭です。 地域の他の家庭や学校の先生、近隣住民の方々は、事業所の名前を聞いたことがあっても、実際どんな雰囲気なのかまではわからないことがほとんどです。
そんな中で唯一、事業所が“外から見える瞬間”があります。 それが送迎の場面です。 学校へのお迎えや自宅への送り時―このわずかな時間が、皆さんの事業所を印象づける場面になります。
事業所の中でどれだけ素晴らしい支援をしていても、それを体験してもらう前に「感じ悪いな」と思われてしまったら、もったいないですよね。 逆に言えば、送迎の印象が良ければ「この事業所、ちゃんとしてるな」と思ってもらえて、保護者からの相談や問い合わせにつながることもあります。
だから私はよく、こうアドバイスしています。
「送迎の添乗員さんやドライバーさんは、事業所の“エース級”を配置してください」
この意味はきっとわかってもらえると思います。
- 送迎中、運転手がだらしない態度をとっている
- 学校の先生に無言で子どもを引き渡している
- 児童を待つ間、タバコを吸っている
- 大声で叱る様子が外から丸見え
- 学校の前で非常識な駐車をしている
実はこれ、どれも“よくある話”です。 大切なのは、「送迎は単なる移動ではなく、“事業所の印象そのもの”を見せる瞬間」だという意識をスタッフ全員で共有することです。
送迎の場面を、単なる業務ではなく、信頼を得るチャンスに変えていきましょう。
アクション3:人員基準をしっかり理解する
私は、事業所の支援において法令の基準を満たした勤務表になっているかを拝見する機会が多くあるのですが、実は人員配置の見直しだけで「売上アップ」と「コストダウン」が両立できるケースが少なくありません。
もちろん、「人員基準を満たしていない」「加算の条件を満たしていない」といった明らかなミスは論外ですが、今回注目したいのは“基準は満たしているけど、ムダがある”というパターンです。
たとえば、こんなケースありませんか?
- 加算が算定できる人員配置なのに、加算を請求していない。
本当にもったいないパターンです。年間で数百万円の収入を逃していることもあります。
- 本来はパートで十分なポジションに、必要のない正社員を配置している。
そのぶん人件費がかさみ、利益が圧迫されています。
こうした“ムダ”は、人員配置の基準をちゃんと理解するだけで簡単に見直せます。
しかも、お金は一切かかりません。
「そこは専門家に任せているから…」と丸投げしてしまっている方も多いのですが、経営者や管理者自身がちょっと理解するだけで、無料で売上が増やせるというのは、見逃せないポイントです。
そしてその浮いた分を、スタッフの待遇改善や支援の質向上に回していく―これが、持続可能な事業運営につながっていくのではないでしょうか。
アクション4:「預かり目的」の保護者とは距離を置く
ここ数年、法改正があるたびに、放課後等デイサービスへの規制は厳しくなっています。 いまやもう、これ以上は事業所側にばかり負担を求めるのは難しい段階です。
一方で、制度全体を維持するためには、財源の制約やサービスの飽和状態という課題も放置できません。 そうなると、次に見直しの対象になるのは「保護者のサービスの使い方」ではないかと私は感じています。
たとえば、
- 「ただの預かり」として使っている
- 「家から学校・事業所までのタクシー代わり」になっている
こうした使われ方が広がると、放課後等デイサービス本来の役割が果たせなくなってしまいます。 そのため、今後は「本当に必要な子どもに、適切な量のサービスを」という方針のもと、支給量の制限や受給者証の交付制限が強まることも考えられます。
実際に、すでに月6〜8日の支給しか認められなかったり、まずは地域の学童保育の利用を促すような自治体も出てきています。
こうした流れを踏まえると、今後の放課後等デイサービスは、「預かり目的」の保護者とは距離を置くことが、安定経営のポイントになってきそうです。
そのうえで、ペルソナを活用したサービス設計や、自事業所の強みを活かした支援を行うことで、“選ばれる事業所”として地域に根付いていくことが大切になるのではないでしょうか。
アクション5:“資格”だけにとらわれず、無資格者の採用を前向きに考える
今、多くの事業所が頭を悩ませているのが人材確保です。特に児童指導員や保育士の確保は、非常に厳しい状況が続いています。
さらに最近では、法改正の影響で、児童指導員等加配加算の算定要件が厳しくなり、常勤職員が1人辞めただけで月30万円以上の減収というケースも珍しくありません。
苦労して採用できたと思っても、実際には、
- 管理者や児発管と方針が合わず、衝突してしまう
- ベテラン職員が過去のやり方に固執して、経営者との関係がぎくしゃくする
こうした経験が思い当たる方も多いのではないでしょうか。 もちろん、即戦力としての保育士や児童指導員の採用は大切ですが、それに固執しすぎると、採用しては辞め、また募集…という悪循環から抜け出せません。
そこで提案したいのが、無資格の方を「育成前提」で採用するという選択肢です。 高卒以上であれば、2年以上の勤務を経ることで児童指導員の資格要件を満たすことができます。
無資格者の採用には、以下のようなメリットがあります
- 素直で柔軟な姿勢を持ちやすく、事業所の方針に共感しやすい
- 他業種でのサービス経験が、保護者対応や接遇に活かされる
- 過去の業界常識にとらわれず、新しい風をもたらしてくれる
もちろん、採用直後は人員基準にカウントできないというデメリットもありますが、2年後には大きな戦力に育つ可能性があります。 高額な求人広告費を1年中かけ続けるよりも、“未来への投資”としての採用・育成という視点を持ってみてはいかがでしょうか。
まとめ:今できる小さなアクションがを安定した放課後等デイサービス事業経営の鍵に
ここまで、放課後等デイサービスの経営を安定させるために、以下の5つの実践的なアクションをご紹介してきました。
- ペルソナを設定し、ターゲットに届く事業所づくりをする
- 送迎の場面を“営業チャンス”と捉えて、印象を高める
- 人員基準を理解し、無駄なコストを削減する
- 「預かり目的」から距離を置き、必要な家庭に選ばれる
- 無資格者の育成採用で、事業所の未来を支える人材をつくる
どれも、今日から意識を変えるだけで始められる取り組みです。 そして、スタッフ全員で共通認識を持って進めていくことで、事業所内のコミュニケーションやチーム力の強化にもつながるはずです。
変化の激しい時代において安定した運営を続けていくためのヒントとして、この記事がお役に立てれば幸いです。