シリーズで、介護現場におけるカスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」といいます)が社会問題化していること、法人がカスハラ対応を放置した場合に生じる深刻な問題について解説しました。詳しくは、過去の記事をご覧下さい 。
第1回の記事:社会問題化している「カスタマーハラスメント」1
第2回の記事:社会問題化している「カスタマーハラスメント」2
前回は、介護事故発生時の謝罪の重要性、事故直後から金銭要求された場合の対処法、そして、賠償責任保険の仕組みについて解説しました。
今回は、具体的なカスハラ事案を元に対応方法について考察し、カスハラに対応できる組織作りの重要性について解説します。
特別養護老人ホーム内のデイサービスで以下のカスハラ事例が発生したとします。
80歳の女性利用者が、デイサービスを利用中、職員の目前で、膝をつくようにして転倒しました。
その際、職員はすぐに利用者の状態を確認しましたが、大した転倒ではなく、負傷も見受けられなかったため、ご家族への報告をうっかり忘れてしまいました。
利用者の帰宅後、ご家族が利用者の膝に内出血を発見します。ご家族が利用者に事情を聞いたところ、利用者は「デイサービスで転倒した」と答えます。転倒の事実を知らされていなかったご家族は烈火のごとく怒り、施設に電話してきました。
「利用者が施設で転倒したと言っているが、そんな報告無かったじゃないか!どういうことだ!」
施設職員は、転倒の事実をきちんと報告していなかったことについて謝罪しますが、ご家族の怒りは収まりません。翌日、ご家族が突然、施設に乗り込んできて、事務室で大騒ぎします。「昨日、転倒事故があったとき、近くにいた職員を全員呼んでこい!」「一体どういう教育をしているんだ!全員に謝罪させろ!」「今日の夜にもう一度来るから、それまでに関与した職員を集めておけ!」などと怒鳴り、居合わせた職員は怯えてしまいました。
そして、その夜、転倒事故の際に居合わせた職員をできるだけ集め、ご家族と面談しました。この面談でもご家族の怒りは収まりません。職員を「お前」呼ばわりし、頭ごなしに否定するといったようなひどい状況になりました。「お前は馬鹿か!」といったような侮辱的は発言もありました。
それだけでは収まらず、後日、事業所にFAXで「無責任な対応をしたことについてどのように向き合うのかを文書で回答せよ」「もし仮に、大きな後遺症が生じた場合、どう責任を取るつもりだ」という内容の文書が大量に届きます。施設側は、どう対応して良いか分からず、いつまで続くか見通しのつかない状況に疲弊しています。
このケースは、弁護士法人かなめが実際に対応した複数のカスハラ事例を元に設定しました。現実に起こり得る事例です。このようなカスハラ事例に対してどのように対処していけば良いのでしょうか。
まず、結論から申し上げると、このご家族の言動は法的に問題のある行動です。職員を長時間繰り返し拘束したり、大量の文書を送りつけるなど、具体的に事業所の業務を妨害していると評価できます。場合によっては、強要罪(刑法第223条)、侮辱罪(刑法第231条)、威力業務妨害罪(刑法第234条)が成立します。このような事態に対しては、必ず「チーム」で対応するようにして下さい。つまり、「職員を1人で対応させない」「管理者に任せっぱなしにしない」ということです。
誰にとってもクレーム対応は辛い作業です。できれば避けたいことでしょう。しかし、ケースにあるような事態の対処を組織ごととして捉えず、「管理者だから」とか「その場に居合わせた職員だから」といった理由で放置してしまうと、対応している職員は精神的に追い詰められてしまいます。以下の図にも表れているように、悪質クレーマーは「現場」の職員を攻撃する傾向が高いです。現場で対応する職員は、必ず2人以上のチームを組むようにしましょう。つまり、クレーマーが事業所に乗り込んできた時は1人では対応せず、2人以上で対応する、ということです。自宅に訪問する際も、決して1人で訪問してはいけません。少なくとも2人で訪問するようにしましょう。そして、役割分担して下さい。1人は「聞き役」、もう1人は「記録係」です。これだけでも悪質クレーマーに与える印象は異なります。「この法人は組織対応をしているな」「きちんとクレーム対応に関する教育がなされているな」と内心手強さを感じるはずです。
ケースに照らして解説すると、「転倒事故に居合わせた職員を全員集めろ」というような要求には応じる必要はありません。何よりそのような法的な義務はありませんし、仮に職員全員を集めると現場の業務を中断せざるを得なくなるでしょう。出勤時間を終えて帰宅している職員もいれば、シフト等で同日不在の職員もいるはずです。
転倒事故が発生した際に行うべきことは、事実関係の整理と関係者への報告、法的に問題がある場合であれば、生じた結果に対して必要な範囲での賠償、再発防止策の構築です。全職員が謝罪する、ということは、法的にも道義的にも不要です。
たしかに、介護事業所側に何らかの落ち度がある場合、利用者のご家族が怒りにかられる気持ちは理解できます。大切なご家族に関することですから、感情的になることは人として当然であり、介護事業所側としても、真摯な謝罪が必要な場面はあるでしょう。しかし、だからと言って、職員を頭ごなしに怒鳴りつけたり、事業所に大量のFAXを送ったり、「お前」「馬鹿」などと面前で言い放つことは非常識な行為と言わざるを得ません。人を不当に傷つけている時点で、少なくとも「不法行為」でしょう。過去に、「大韓航空ナッツ・リターン事件」というカスハラ事件がありました。大韓航空の副社長が乗客として乗車していたのですが、CAのナッツの提供方法に憤慨し、他の乗客のいる面前でそのCAを怒鳴り付け、果てには搭乗ゲートへ引き返すよう機長に指示し、出発が約20分も遅れてしまった、という破天荒な事件です。メディアが取り上げたことで世界的に有名になった事件ですが、後に副社長は逮捕されるという事態に発展しました。
どんなに立場のある人であったとしても、誰かを傷つけるような言動をすることが正当化されるわけではないのです。
ケースのような違法な言動をする悪質クレーマーに対しては、現場はチームで対応した上で、図のとおり、対応窓口である上司に相談し組織対応を検討していきます。ケースの事例では、刑法犯罪に該当する可能性のある言動があるため、法的な対応をしていく必要があります。ここでの法的な対応とは、警察への協力要請、顧問弁護士への相談、悪質クレーマーへの警告文の送付、利用契約の解除です。この際、重要になってくるのは「証拠」です。つまり、警察への協力要請をする際も弁護士に相談する際も、具体的に悪質クレーマーがどのような言動に及んでいるのかを伝える必要があります。ただ単に「事業所に乗り込んできて罵倒された」と伝えるだけでは、警察も弁護士も中々動くことができません。そこで必要となってくる証拠は「録音データ」です。
では録音をとるために相手の了解を得る必要はあるのでしょうか。
弁護士法人かなめ代表弁護士。29歳で法律事務所を設立。 現在、大阪、東京、福岡に事務所を構える。顧問サービス『かなめねっと』は35都道府県に普及中。 福祉特化型弁護士。特化している分野は、介護事業所・障害事業所・幼保事業所に対するリーガルサポート、労働トラブル対応、行政対応、経営者支援。 無料で誰も学べる環境を作るためYouTubeチャンネル『弁護士法人かなめ - 公式YouTubeチャンネル』を運営中。https://www.youtube.com/@kaname-law テキストで学びたい人向けに法律メディアサイト『かなめ介護研究会』も運営中。 https://kaname-law.com/care-media/