この連載では、介護事業所におけるキャリアパスの諸制度についての実態や効果について検討しています。前回までは、キャリアパス制度の重要なサブシステムである「教育訓練」や「人事評価」の効果的な運用について検討してきました。
今回は、処遇改善施策による賃金改善の影響について考えてみたいと思います。処遇改善施策による賃金改善は、政策の意図どおり介護職員の離職防止に貢献しているのでしょうか?
【シリーズ「介護事業所におけるキャリアパス制度を考える」】①キャリアアップとスキル向上につながるキャリアパス制度とは? ②教育訓練の充実は職員の成長につながるのか ③能力や働きぶりの評価結果に応じて個人の賃金に差をつけるべきか
2009年よりスタートした処遇改善施策は、介護職員の離職率の高さや採用の難しさが、賃金の低さに起因するという考えによるもので、介護職員の賃金改善とキャリア形成支援が一体的に進められてきました。一連の処遇改善にかかる加算等を通じて、この10数年の間に介護職員の平均賃金は他産業を上回る水準で上昇しています。
賃金構造基本統計調査(厚生労働省)により、処遇改善施策が始まる前の2008(平成20)年と、2022(令和4)年の平均年収を比較してみると、この14年の間に産業計の賃金上昇率が2%程度であるのに対して、介護職員は23.2%、訪問介護員は35.2%の上昇率を見せています*1)2)。
このような処遇改善施策による賃金改善は、離職防止に貢献してきたのでしょうか?
介護労働実態調査により離職率平均の推移を見ると、2007(平成19)年度の21.6%をピークに、この10数年の間に徐々に改善され、2022(令和4)年度調査では14.4%となり、全産業平均15.0%(令和4年雇用動向調査)よりも低い数値となっています*4)5)。この離職率改善傾向に対して、一連の処遇改善施策(賃金改善、キャリアパス導入、職場環境改善など)の効果が少なからず反映されていると考えても良いように思います。
筆者が経営側の方にお話をお聞きする限り、一昔前から考えるとまさに隔世の感で、介護職員の賃金は上昇しており、それが介護職員の満足を高め、離職の抑制につながっている、という実感を持っておられる様子がうかがえます。
一方で、処遇改善加算の魅力から、介護職からケアマネや相談員などの他職種になりたがらない傾向が出ているといった話も耳にします。
例えば、一昔前は介護職のキャリアアップの目標はケアマネになることだったのに、今ではケアマネを目指そうとする人が少なくなってしまったという話。
あるいは、以前は学校で社会福祉を学んだ学生は、相談員や地域包括での仕事を希望していたのに、今では逆に介護職から離れたくないという人が多いという話。
また管理職になるより、処遇改善手当と時間外労働手当がつく一般職の方が良いと、管理職になりたがらない傾向もさらに強まったという話。
茨城キリスト教大学経営学部准教授。博士(政策学)、MBA(経営管理修士)。人事労務系シンクタンク等を経て現職。公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査検討委員会」委員。著書に『福祉サービスの組織と経営』(共著)中央法規出版(2021年)、『介護人材マネジメントの理論と実践』(単著)法政大学出版局(2020年)など。