前回のコラムでは、介護事業所へのキャリアパス制度の導入は進んだものの、その効果は十分に検証されていないことを指摘しました。
今回は、キャリアパス制度の重要なサブシステムである「教育訓練」の効果について検討していきたいと思います。 介護職員の教育訓練の重要性は様々な場面で指摘され続けていますが、教育訓練の制度が充実していると実際に職員の成長につながるのでしょうか?
企業が人材育成を行う目的は、自社の仕事に必要な能力を従業員に身に着けてもらい、企業業績に貢献してほしいからです。 とりわけ、介護のような人的な要素が大きいサービスにおいては、サービス従事者のスキルや知識がサービスの質や量に直結すると言っても過言ではありません。短期的には時間やコストがかかる面があるかもしれませんが、中長期的な視点で考えると、生産性向上やサービスの質・量を向上させることにつながり、持続的・安定的なサービス供給のためには人材育成は欠かせません。
では、どうしたら人が育つのでしょうか。人材育成というと、「教育訓練を充実させる必要がある」と考えることが多いかも知れません。 教育訓練とは、一般的にはOJT(職場内で上司や先輩による計画的な指導や教育)、Off-JT(職場を離れて行う研修など)、そして自己啓発支援の3つを指します。
これらの教育訓練は、新たな人材を受入れ、基本的なスキルや知識を修得してもらう上で重要な取り組みと言えるでしょう。 とはいえ、このような取り組みさえやっていれば、人は育つのでしょうか?
実はこのような教育訓練の人材育成効果は非常にわずかで、人を育てる要素は、「仕事上の直接経験」がほとんどを占めるという研究結果もあります。
中心に学習者が位置づけられ、実務経験を積むことで知識習得が進みます。実務指導者はその外側に位置付けられており、現場での指導・支援にあたり経験の付与や意味づけを行う役割を担います。教育担当者は現場を離れた教育訓練を行う役割を担いますが、最も外側に位置づけられており、学習者に対する影響力は実務指導者より弱い、というものです。
それでは、時間とコストをかけて教育訓練を実施することは無駄なのでしょうか。
もちろん、そんなことはないと筆者は考えます。ここで注意が必要なのは教育訓練の考え方です。OJTにしてもOff-JTにしても、指導者や教育担当者は「教える」という考え方に立っていることが多いのではないでしょうか。
「教える」ということは、必ずしも効果的な育成方法とは言えないことが、いくつかの研究で示されています。
例えば、立教大学の中原淳先生は、職場における他者との関わりと能力向上の関係を定量的に検討したところ、業務を教える業務支援は能力向上に影響せず、精神的な支援や振り返りを促進させるような内省支援が能力向上に有意に影響するという研究結果を示しています2)。
筆者が行った研究で、介護職員を対象にしたデータの分析でも、「教えてあげる」というような上司の育成的な関わりは能力向上に影響せず、失敗を恐れず、新たな試みを促進するような職場での創造的なコミュニケーションが能力向上に強く影響するという結果が得られました3)。
スポーツ、芸、学校教育など、様々な世界でも、「教えすぎると、学習者の学習意欲や主体性、創造性などを損なう」とは、よく言われています。
つまりOJTやOff-JTが不要ということではなく、その教示的・指導的なスタイルに限界があると言えるのではないでしょうか。「教える」だけではなく、「他者と意見交換しながら自らの考えを発展させる」、「これまでの経験に対する意味づけなど内省を支援する」、「困っていることなどを吐き出し精神的な支援をする」といった要素を取り入れ、仕事経験を振り返る場として設計すると、学習効果が高まる可能性が考えられます。
経験学習の理論を踏まえると、もう一つ検討する必要があるのは、「仕事上の直接経験」をどう設計するかです。
茨城キリスト教大学経営学部准教授。博士(政策学)、MBA(経営管理修士)。人事労務系シンクタンク等を経て現職。公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査検討委員会」委員。著書に『福祉サービスの組織と経営』(共著)中央法規出版(2021年)、『介護人材マネジメントの理論と実践』(単著)法政大学出版局(2020年)など。