介護事業のM&Aを検討しているとき、「従業員の雇用はどうなるのか」「利用者に引き続きサービスを使ってもらえるのか」は、売り手にとって非常に気になる点ではないでしょうか。
結論から言えば、介護事業のM&Aでは従業員の継続雇用が前提となるケースがほとんどです。ただし、M&Aの手法や交渉の進め方によっては、雇用条件が変わったり、優秀な人材が離職してしまうリスクもあります。
この記事では、M&A後の従業員の継続雇用について、売り手・買い手それぞれの注意点を中心に解説します。
*前回の記事:赤字・債務超過でも介護事業は売却できる?介護M&Aの可能性と売却成功のポイント
なぜ介護M&Aでは従業員の継続雇用が重視されるのか
買い手企業がM&Aを行う目的には、多くの場合「人材の確保」と「利用者の獲得」が含まれています。
介護サービスのノウハウや技術は従業員個人に帰属することが多く、スタッフが辞めてしまえばサービスの供給力が落ちます。新たな人材確保や、買い手側の従業員でまかなうといった対応ができなければ、事業の継続自体が難しくなります。
年々、介護業界での人材確保が難しくなっていることも、継続雇用が強く求められる背景のひとつです。
M&Aの手法によって従業員への影響が変わる
M&A後の従業員の処遇は、株式譲渡か事業譲渡かによって異なります。
株式譲渡の場合
会社と従業員との雇用契約はそのまま継続されます。経営者が変わっても、雇用関係に直接的な影響はありません。
事業譲渡の場合
会社の一部や資産を売却する形になるため、従業員との雇用契約はいったん解消され、新たに結び直すことになります。その際、雇用形態や給与などの処遇が変わる可能性があるため、注意が必要です。
売り手が押さえるべき注意点
雇用条件の引き継ぎを交渉で確定させる
従業員の雇用を守ることは、売り手の経営者にとって重要な責務です。「継続雇用」を前提とするだけでなく、給与・役職・勤務条件などを同条件で引き継いでもらえるよう、交渉の段階でしっかり確認しておくことが大切です。 条件が悪化すると、従業員が退職してしまう可能性があります。
労務問題は事前に解消しておく
労務上の問題を抱えた企業は、そもそも買収の対象から外れたり、買収額の減額材料にされることがあります。また、M&A成立後に問題が発覚すれば、紛争につながるリスクもあります。
以下の点を事前に確認・整備しておきましょう。
- 就業規則が整備されているか
- 時間外勤務が法令の範囲内か
- 未払い残業はないか
- 有給休暇が適切に取得されているか
- 社会保険に適切に加入しているか
- ハラスメント問題はないか
- 職場の人間関係に大きな問題はないか
従業員への告知タイミングに気をつける
M&Aを発表した途端、従業員が不安を感じて転職してしまうことがあります。また、M&A後になって「新しい会社になじめない」「経営者と合わない」と言い出して離職するケースも少なくありません。
こうしたトラブルを防ぐには、告知の際に雇用条件の継続や労働環境についてしっかり説明し、新会社への不安を払拭しておくことが重要です。
また、中間管理職や現場のキーマンへの開示は、より慎重に行う必要があります。一般の従業員と同じタイミングで伝えると、プライドを傷つけて退職のきっかけになることがあります。M&Aの円滑な実施に支障のない範囲で、他の従業員より早めに個別で伝えるなどの配慮が求められます。
買い手が押さえるべき注意点
キーマンの退職リスクに備える
買い手が特に気をつけるべきは、事業所運営の中心となるキーマンの退職リスクです。キーマンが辞めてしまうと、現場が回らなくなりM&Aが失敗に終わることもあります。
契約交渉の段階で、誰がキーマンかを事前に確認したうえで、キーマン条項を盛り込むことが有効な対策です。
※キーマン条項とは
売り手の事業運営の中心となる人物を、買い手企業に一定期間在籍させ、業務の引き継ぎを行うことを取り決めた条項。
まとめ:M&A後も円滑に人材を引継ぐために
介護事業のM&Aにおいて、従業員の継続雇用は売り手・買い手の双方にとって重要な論点です。
継続雇用や利用者の継続利用は原則として前提条件となりますが、それを実現するためには、事前の労務環境の整備、雇用条件の交渉、そして告知タイミングの工夫が欠かせません。
これらをしっかりと準備・交渉しておくことが、M&Aをより円滑に進めるための鍵となります。