最近、訪問看護ステーションの経営者さんや訪問看護ステーション経営に興味を持っていらっしゃる方からM&Aについて相談されることが増えてきました。
どうやら、訪問看護ステーションを開業している、もしくは開業に興味がある方に対して仲介業者の方からM&A案件のお話がよく来るそうなのです。この記事を読んでいらっしゃる方の中にも、もしかしたらそういった経営者さんがいらっしゃるかもしれません。
M&AとはMergers and Acquisitions(企業の合併・買収)の頭文字を取ったものです。事業の成長や継続を考えたとき、M&Aは非常に有効な手段です。介護経営ドットコムの記事の中にもM&Aついて紹介したものが多数あります。
M&Aについては、買収精査(デューデリジェンス)のプロセスをサポートする外部機関は数多くあります。実際にこのような外部機関のサービスを利用する経営者の方も多くいらっしゃいます。
しかし、実際にM&A締結後の組織の統合のプロセスに入ると、予算の関係もあってか、外部の専門家を利用する経営者の方は少なくなるようです。ですが、M&Aによって期待した成果を得るためにはこの統合プロセスで生じる困難を乗り越えるための手立てが必要になります。
そこで今回から数回にわたって、M&A後の統合プロセスに焦点を当て、起こりやすい問題を明らかにし、経営者がやるべきことを紹介したいと思います。
一口に訪問看護ステーションのM&Aと言っても簡単に分けて9つのパターンがあり、それぞれに使える資源(ヒト・モノ・カネ)やM&Aの目的が異なります。自社でM&Aを考えるのであれば相手先と自社がどれにあたり、どうすればお互いにWin-Winの取引とすることができるのかを考えると良いのではないでしょうか。
一般的なM&Aでは売却側の主な目的に、事業承継と衰退・不採算部門の事業再編がありますが、訪問看護事業においてもこの2つの目的が当てはまります。
一般社団法人全国訪問看護事業協会が公表している「令和4年度訪問看護ステーション数調査結果」によれば、2022年4月時点の訪問看護ステーションの稼働数は1万4,000カ所を超えています。
2000年に介護保険の指定訪問看護制度が創設されてから今年で22年が経過していますので、創設当初に開設された訪問看護ステーションのうち小規模事業者は経営者・従業員の高齢化等により事業承継の時期に差し掛かっている可能性があります。
このような事業者は長年地域で経営を続けてきているため、居宅介護支援事業所や病院等の関係先機関との繋がりが強く、新規依頼には困っていない可能性が高いです。しかし、事業継続が難しいということは若手の従業員が育っていない可能性も大いにあります。こうした事業者を買収する場合、地域で長年築いた信頼関係をもとにした地盤を上手に引き継げるかどうかが鍵になると考えられます。
また、同資料の令和3年度中の訪問看護ステーションの廃止数と休止数の合計は732となっており、このような不採算事業所もM&Aの対象となる可能性があります。開設後に不採算となった事業所の売却を考えている事業者は、依頼元となる居宅介護支援事業所や病院等の関係機関等との繋がりが弱く、看護師人材にも課題を抱えている可能性が高いと言えます。
このような事業所の買収を検討する場合には、そこから何を引き継ぐことができるのか慎重に検討していく必要があります。訪問看護ステーションの開業数が増えていく現状では、このような不採算事業者の売却も増えてくるでしょう。
最後に、黒字化後の事業売却を念頭にステーション開業をされている事業者も少なからず増えてきているようです。このような場合には、統合プロセスを乗り越えることができれば安定した運営を続けることが比較的容易と言えます。
以上の通り、売却側の状況によって買収側が活用できる経営資源(いわゆる、ヒト・モノ・カネ・情報)も異なります。また、訪問看護ステーションの売却ニーズは今後も増えていくことが予想されます。そこで訪問看護ステーションのM&Aを検討する際には、売却側がどのような組織であるかを知ることが大切です。
次に、買収する側の立場についても考えてみましょう。訪問看護事業を買収する事業者を大きく分ければ、異業種、関連事業者、同業者の3つがあります。異業種の事業者が訪問看護事業のM&Aを実施する主な目的は、訪問看護事業への新規参入でしょう。新規参入ですので、買収側には訪問看護事業運営のノウハウの蓄積がまだ無いと考えられます。
次に、関連事業者とは訪問看護に関連する仕事を従来から手掛けている事業者のことです。例えば介護事業者が訪問看護事業のM&Aを実施する主な目的は、事業の多角化を目指すことでしょう。関連事業を既に手掛けている場合は、訪問看護事業と隣接している部分があるからこそ、違いを意識して運営していかないと既存事業とのシナジーを生み出すことが難しいと言えます。(以前の記事で既存事業とのシナジーをどのように生み出していくかという記事を書いておりますのでそちらもご参照ください。)
最後に、訪問看護事業を既に手掛けている同業者です。他社を買収することによって多店舗化・大規模化を目指していると考えられます。既存事業者の場合には、既に社内に訪問看護ステーション運営のノウハウの蓄積もありますので統合プロセスを乗り越えることができれば安定運営には一番近いと考えられます。
つまり、事業者の特徴によって買収の目的は変わりますし、利用できる経営資源(いわゆる、ヒト・モノ・カネ・情報)も違います。もちろん前述のように、売却側がどのような組織であるかを知るのはとても大事なことですが、買収する側にどのような経営資源があるのかという違いによっても、M&A締結後の統合プロセスの難易度も大きく変わることは念頭に置いておくと良いのではないでしょうか。
今回は、訪問看護ステーションのM&A における売却側と買収側の目的や資源についてまとめてみました。そして、どのような組み合わせであれM&Aを成功させるカギは統合プロセスにあります。この統合プロセスは買収側と売却側がどのような組織であるかに大きく影響を受ける一方で、どんな事業者であっても押さえておくべきポイントがいくつかあります。そこで次回(12月12日配信予定)は、どのような事業者であったとしてもM&A後の統合プロセス前にすべきことをご紹介します。
一般社団法人全国訪問看護事業協会『令和4年度訪問看護ステーション数調査結果』(最終アクセス確認日:2022年11月24日)
齊藤光弘・中原淳編著,東南裕美・柴井伶太・佐藤聖著(2022)『M&A後の組織・職場づくり入門』,ダイヤモンド社
(つるがやまさこ)合同会社manabico代表。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修等の仕組みづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。 【合同会社manabico HP】https://manabico.com※プロフィールは記事配信当時の情報です