新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた2020(令和2)年2月後半。デイサービスやショートステイ、施設等の入所系サービスなど介護の現場では、利用者サイドの利用控え、事業者サイドの受け入れ人数の制限が見られ始めていました。
緊急事態宣言が発令されてからは一時休業する事業者も増え、介護の現場や今後の介護事業経営はどうなる事かと不安になりましたが、緊急事態宣言が解除となった6月からは、利用者サイドの利用控えも徐々に減り出し、事業者も平常運転に戻りつつあると思われます。
新型コロナウイルスの感染が拡大し始めてから、要介護・要支援認定となる高齢者であっても、家族の介護力が比較的しっかりしている等、緊急性が乏しい方は、新規申請を控える動きもありました。しかし、緊急事態宣言解除後の6月からは、今まで新規申請を控えていた方々が殺到し、市区町村の認定調査員は認定調査業務に追われました。7月上旬には新規で認定を受けられる方が増え出し、各サービス事業者の稼働率も戻りつつあるようです。とはいえ、感染者数の推移により第2波、第3波が発生した際には、また利用控えも見られるようになるかと思われます。
弊社では、ご利用者様のご子息夫婦が新型コロナウイルスに感染し、ご利用者様が濃厚接触者に認定されるというケースも発生しました。ご利用者様は、行政・保健所の指導※に従い2週間はデイサービスを休む必要があり、弊社のデイサービスも2日程休業を要請されました。
※行政・保健所の指導内容は地域によって異なる
また弊社営業エリアにある、定員120名の大規模デイサービスでも新型コロナウイルスの感染者が1名発生したために9日程休業となりました。感染したご利用者様が利用した日に近くで活動していた方、送迎車が一緒だった方、対応していた訪問介護士の方等は健康観察の対象として2週間程度経過観察となりました。その間介護サービス事業者、ご利用者様、ご家族は活動を停止する事になり、行政機関、保健所はその対応に追われます。
デイサービスで1名でも感染者が発生した場合、事業者は時間的、労力的、金銭的に大きな損失を被る事になりますが、十分な補償がないため、介護事業の運営や経営に大きな影響を及ぼします。
消毒や換気で感染拡大を防ぐことは多少出来たとしても、感染を完全に防ぎ、感染者をゼロにすることは、事業者側の努力だけではどうすることも出来ないのが現状です。
この新型コロナウイルスの影響はワクチン等の開発がされるまで当面続くため、感染拡大を防ぐ努力を続けながら、何とか事業運営を続けていくしかありません。
介護業界以外の他の業界ではまだまだ需要が戻らず、廃業・倒産・精算する会社も多いようです。ニュースでも取り上げられていますが、観光・飲食・製造・小売り等の業界はまだまだ売り上げ回復までに時間がかかり、人員整理等により失業率が上がっています。
2008(平成20)年のリーマンショックの際も見られましたが、他の業界で失業率が上がった際には福祉・介護業界に人材の流入が見られ、優秀な人材を獲得できる確率が高まります。
福祉・介護・医療の業界は資格ありきで、専門性が求められますが、初任者研修や福祉用具専門相談員研修等は、比較的短期間で資格を取得できます。介護事業の業種別でみると、デイサービス等の介護職員は初任者研修を受講していなくても働く事が出来るため、他業種からの採用がしやすい傾向にあります。
実際、弊社の例でも、居宅介護支援事業所でケアマネジャーを募集していますが、新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた頃から、「ケアマネジャーの資格はないが応募出来ますか?」との問い合わせが増え、安定した収入が得られる介護業界で働きたいと考える方々が増えてきている印象です。
新型コロナウイルスによる影響で、比較的アナログな業務の進め方が浸透している介護業界でも、オンライン化の流れが生まれています。訪問介護・看護の現場では職員同士の接触を控えるため直行直帰を推奨し、ミーティングや申し送りはオンラインにて行う、もしくはクラウドでの情報共有を行う事業所も増えてきたように思います。
弊社も、職員にタブレット端末やスマートフォンの支給等を行うようになりましたが、リテラシーの低い職員もいることから、操作に詳しい職員は研修や操作方法の指導に追われているようです。また、直行直帰が進むと個人情報の漏洩防止の施策、マニュアルの作成、管理方法についての付帯業務が発生します。行政からは、まだ具体的なガイドライン等は出てきていないため、現場では手探り状態のまま進んでいます。
ミーティングと同様にオンライン化が進んでいるのが研修です。今までは資格を得るために、法定で位置付けられている研修があり、大きな会場に一同に集められ缶詰状態で研修を行うことが主流でしたが、現在、研修の開催は軒並み見送りとなり、オンラインでの研修を行うための整備が急ピッチで進んでいます。
弊社でも社内研修はオンライン化を進めており、Web会議ツールの「Zoom」について、使い方のレクチャー等を行っています。
オンライン研修や直行直帰の業務については、移動時間の短縮等メリットがあるため、新型コロナウイルスの影響が収まったとしても、元に戻る事は考えづらいと思います。
研修においては他にもメリットがあります。今までは、遠方の有名な研修講師に依頼する場合、旅費・交通費だけでもかなりの費用になり、それに加えて講師代、会場費、受付の人員、資料印刷等の費用がかかっていましたが、オンラインの場合は講師の旅費・交通費が節減でき、会場費や受付の人件費等の諸経費も削減出来ます。受講側としても、移動時間の削減が出来る他、感染リスクも少なく、ストレスの軽減が図れることでしょう。
介護・医療の事業所では、研修計画の作成や実施・評価が必須要件となっているため、今までは計画の準備に多大な費用や時間の投入をしてきました。これらが削減出来る事のメリットが非常に大きいと思われます。
介護報酬改定についても新型コロナウイルスが大きく影響すると思われます。通常3年毎の介護報酬改定では、増大し続ける社会保障費を抑制するため、適材適所の費用分配が行われてきました。
基本的に介護報酬改定では介護報酬は上がることはほとんどなく、国の目指す方向に誘導する細かい加算を付け、利益が上がり過ぎている事業部門の介護報酬を減らし、制度の適正化を図っています。
2021(令和3)年度介護報酬改定では、新型コロナウイルスの影響により、ほとんどの介護事業が経営的なダメージを受けているため、マイナス改定で追い打ちをかけることは考えづらく、現状の報酬とあまり変わらないのではないかと考えられます。
救済措置のため、若干のプラス改定の可能性もありますが、新型コロナウイルスの影響により国全体が大不況となり、原資である国の財源が不足している事から、プラス改定も考えづらいのではないかと思います。
第178回社会保障審議会介護給付分科会(令和2年6月25日開催)における資料でも、制度改正の柱としては、
(1)自立支援・重度化防止の推進 (2)介護人材の確保・介護現場の革新 (3)制度の安定性・持続可能性の確保
という3項目について議論され、その中でも新型コロナウイルス感染症を踏まえた今後の対応として、下記のような意見が聞かれました。
○ 新型コロナウイルス感染症等の予防、まん延防止を視野に入れた地域包括ケアシステムの推進に向け、介護施設及び事業所が取組を充実させ、質を高めていく観点から、その対応については基本報酬で評価すべき。事業継続計画(BCP)の体制整備についても評価すべき。
○ 新型コロナウイルス感染症に関し、様々な感染防止対策を講じた上でサービス提供にあたっている事業所に対しては、例えば基本報酬に一定の割合を加算するなどの対応を提案したい。また、一時的なものでなく、恒久的な仕組みとしてもらいたい。
○ 新型コロナウイルス感染症の対応を通じ、共助の推進ではなく、公的な支援を中心とした制度設計が必要と再認識されたのではないか。専門職を含めて感染症対策の徹底が必要。
○ 施設における感染症対策について、日頃からの感染防止対策に関する取組が重要であり、看護職を活用しながら、体制整備や研修等に事業所や施設が取り組むことができるよう、報酬体系の整理が必要
このような状況から、事業運営に負荷を掛けるような改定が行われる可能性は低いでしょう、24(令和6)年までは現状維持が予想されます。
株式会社マロー・サウンズ・カンパニー代表取締役。主任介護支援専門員。東京都江戸川区、葛飾区、千葉県浦安市、市川市にて5事業所運営。