事業者には、労働安全衛生法に基づいて労働者の安全と健康を確保する責務があります。この責務に深くかかわる労働災害の防止について、5年ごとに重点課題などを定めた計画があるのをご存知でしょうか。
中小事業者や第三次産業における安全衛生対策の取り組みは、必ずしも進んでいるとはいえず、介護事業所にもアップデートが求められています。
「労働災害防止計画」とは、労働災害を減少させるために国が重点的に取り組む事項を定めた中期計画です。2023年4月から28年3月までの5年間は第14次計画期間となっており、事業場の規模、雇用形態や年齢等によらず、どのような働き方においても、労働者の安全と健康が確保されていることを前提として、国、事業者、労働者等の関係者が重点的に取り組むべき事項がまとめられ、厚生労働省によって公示されています。
介護事業所も、その規模を問わず、この第14次労災防止計画と向き合う必要があります。
第14次計画について知る前に、第13次労災防止計画期間の労働災害発生状況を見てみましょう。この期間の成果として、労災死亡者数を減少させることができています。しかし、労災によって休業4日以上となった死傷者は増加傾向が続いています。私は、この要因をメンタル疾患の増加によるものと推測しています。
(【画像】:厚生労働省:「第14次労働災害防止計画の概要」より)
さて、死亡者数は減少しているというものの、中小事業者や第三次産業における安全衛生対策の取り組みは、必ずしも進んでいるとはいえません。
同計画期間の動向について厚労省は、「60歳以上の労働者の割合が増加した影響により、死傷者数が増加した」と分析しています。関連して、中高年の女性などによる労働者の作業行動に伴う転倒が死傷災害の約4割を占めています。
こうした状況を踏まえ、厚労省は今期の計画の周知にあたり、転倒防止対策や高年齢労働者に配慮した職場環境の整備等、中小事業者や第三次産業を中心に自発的な取組を促す環境整備が必要だとまとめています。
ここまでにお気づきの方も多いとは思いますが、「中小企業」「第三次産業」「60歳以上の労働者」「中高年齢の女性」など、多くの介護事業所に該当するキーワードが存在しています。つまり、介護事業所にこそ、労災防止対策の重要性が高まっているということです。
昨今の安全衛生を取り巻く状況を巡っては、職場における労働者の健康状態の分析データも示されています。まず、傷病等を抱えながら働く労働者の概況は以下の通りです。
●労働人口の約3人に1人が、何らかの病気を抱えながら働いている
●一般定期健康診断の有所見率は50%を超え、疾病リスクを抱える労働者は増加傾向にある
●治療と仕事を両立できるような取組がある事業所は約4割
●疾病を抱える労働者が離職する時期の8割以上が治療開始後
さらに、労働者の心身の健康状態においては、次の報告がされています。
●仕事で強い不安やストレスを感じる労働者の割合は、約5割
●小規模事業場におけるメンタルヘルス対策の取組は、低調
すなわち、労働者の多くは出勤しているにも関わらず、心身の健康上の問題が作用して、パフォーマンスが上がらない状態にあると言えます。このような状態のことを、プレゼンティーズム(presenteeism)と呼びます。
これは、多少の無理をすれば出社できる状態といえますが、作業効率や集中力の低下を引き起こし、ケアレスミスなど労働生産性を低下させるだけでなく、大事故の発生原因にもなります。
これに対し、心身の不調により、遅刻や早退が続いたり、欠勤や休職など業務自体が行えない状態に陥っていることをアブセンティーズム(absenteeism)と呼びます。今後ますます労働力人口が減少し、労働者の確保が困難を極める中では、プレゼンティーズムやアブセンティーズムの状況を介護事業所内に発生させないことが大切です。
(*プレゼンティーズムの防止については、こちらでも解説しています。
第14次労働災害防止計画は、これまでの計画と比較して、事業者に対する姿勢や要請がかなり厳しくなっています。
まず、以下の方向性が明示されています。
例えば、「事業所の規模が小さいから労災事故防止対策の予算は取れない」「会社はいろいろと対応しているのに、従業員がいうことを聞かない」などの言い訳は一切通用しなくなるということです。事業所で、本腰を入れて、労災防止対策をしなければなりません。
また、第14次労働災害防止計画は、つぎの8つの重点対策を掲げています。
そしてこれらの対策を通じて、以下の2つの数値目標の達成をめざしています。
介護事業所としては、②の項目に力を注ぐ必要があります。腰痛や転倒など死亡災害に至らないまでも労働災害が発生し易い環境にありますから、できる環境整備はしておきましょう。
厚労省が事業者に対して望んでいることは、「安全衛生の取り組みを見える化する仕組みを活用し、主体的に安全衛生対策に取り組む」ことです。
取り組みを見える化する仕組みとは、すなわち、「健康経営」の取組みや「SDGs」の実践にほかなりません。
「健康経営」に取り組むことで得られるメリットには、次のものが挙げられます。
「SDGs」においては、目標の3と目標の8が関係してきます。
【目標3 全ての人に健康と福祉を】 あらゆる年齢の全ての人々の健康的な生活を確保し、福祉(ウェルビーイング)を促進する
【目標8 働きがいも経済成長も】 包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用を促進する
わたくしたちオフィススギヤマグループは、宮崎県内で唯一2018年より健康経営優良法人を取り続けています。また、いち早く経営戦略としてSDGsに取り組みました。
私たちの取組みは、『経営戦略としてのSDGs・ESG: “未来から愛される会社"になって地域×業界No.1を目指す 白井 旬著(合同フォレスト)』で取り上げられています。既にこうした取り組みを始めている介護事業所も多いと感じていますが、ぜひ、手に取っていただければ幸いです。
第13次労働災害防止計画に話を戻すと、「メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合を80%以上」と数値目標を定めていました。そして、この目標実現のために、「心の健康づくり助成金」を活用して、「心の健康づくり計画」の策定および実施を推奨しました。
ただ、この取り組みは、結果的にはさほど効果がなかったようです。
その根拠として、下記の表からわかるように、脳・心臓疾患の労災補償状況の認定件数は減少が続いているのに対し、精神障害等の労災補償状況の認定件数は増加の一途を辿っているからです。
助成金を受給するためだけに健康づくり計画を策定した事業所が多かったためなのか、現在では「心の健康づくり助成金」は廃止されています。
その代わり現在では「団体経由産業保健活動推進助成金」という事業主団体等を通じて、中小企業等の産業保健活動の支援を行う助成金制度があります。事業主団体とは各地の商工会議所や労働保険事務組合を指しています。みなさまが加入している団体で、助成金制度を活用していないか一度確認することをお勧めします。
この助成金の対象は、次の7種のサービスです。
(【画像】:厚生労働省:「団体経由産業保健活動推進助成金のご案内」より)
労働局や労働基準監督署の臨検調査でもヒアリングされるかもしれません。
労働基準監督官の立場になって考えてみましょう。
安全衛生対策をしっかり作成している事業所と安全衛生対策を全くしていない事業所ならば、当然、対策を講じている事業所が信頼できますね。
臨検調査では、一般労働条件と安全衛生が調査の対象項目ですが、私の肌感覚では、多くのの事業所で、安全衛生の対応が不十分です。
特に事業場に直接労働基準監督官が訪問する臨検の際に、「衛生推進者」の氏名などが掲示されていると多くの場合お褒めの言葉をいただきます。そして、そうした事業所では臨検結果も、OKが出やすいような気がします。安全衛生体制がしっかりしていると、臨検に同席する社労士としてはホッと胸をなでおろすことが多いことも事実です。
以下は、安全衛生に関する項目としてチェックされる内容です。
規模が小さい介護事業所であっても、安全衛生委員会を設置して、定期的に会議をし、記録を残しておくことで、労働基準監督官の信頼を厚くすることができます。
併せて、安全衛生規程の整備やハラスメント防止委員会の設置もしておくことをお勧めします。
常時10人以上50人未満の労働者を使用する介護事業場では、衛生推進者を選任し、労働者の安全や健康確保などに係わる業務を担当させなければなりません。50人以上の事業場では、安全衛生法で衛生管理者の選任義務と労働基準監督署への届出義務があります。
参考までに、衛生推進者の職務を以下に記載します。なお、衛生推進者については、衛生にかかる業務に限るとされています。
等です。
先にも触れましたが、介護事業所の主力労働力でもある中高年齢女性のためにも実施して欲しい取り組みです。
転倒しにくい環境づくり(段差の解消・見える化、通路や作業場所の床の水等の拭き取り、整理整頓の徹底等のハード対策)だけでなく、個々の労働者の転倒や怪我のしやすさへの対応(転倒等リスクチェックの実施と結果を踏まえた運動プログラムの導入等、骨粗しょう症検診の受診勧奨等のソフト対策)に取り組むことが大切です。
厚労省では、転倒等リスク評価セルフチェック票を公開していますので、ぜひご活用ください。
腰痛災害は、保健衛生業で多発していて、職場復帰まで長い時間がかかるほか、経験年数の短い労働者も被災しています。
介護事業所が取り組むべき、作業に合った腰痛予防対策として、身体の負担軽減のための介護技術(ノーリフトケア)や介護機器等の導入が推奨されています。
腰痛に関しては、次の指標の実現を目指しています。
アウトプット指標:ノーリフトケアを導入している事業場を2023年より増加(介護・看護作業)
アウトカム指標:社会福祉施設での腰痛の死傷年千人率を2022年と比較して減少
小規模な事業所ほどメンタルヘルス対策ができていません。介護事業所においても同様の傾向だと考えます。規模が小さければ、専任の担当者を置くことは難しいでしょう。また、経営者が現場に出ることが多く、メンタルヘルス対策の勉強をする時間がないというぼやきが聞こえてきそうです。
でも、ここでできない理由を考えても意味がありません。
繰り返しになりますが、第14次労災防止計画では、「厳しい経営環境等さまざまな事情があったとしても、安全衛生対策に取り組むことが事業者の経営や人材確保・育成の観点からもプラスであると周知する」といった方向性が示されています。
つまり、とにかく行動を起こし、やりきることが必要です。社内にメンタルヘルス対策のソリューションがないなら、社外に求めましょう。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今月は、第14次労災防止計画を踏まえた全30条を超える「安全衛生管理規程(例)」を希望者に無料プレゼントします。自社の組織に合うように、カスタマイズしてご利用ください。
最後に触れたメンタルヘルス対策についても記載しています。
ぜひ、事業所でできることを棚卸して、計画を作成し、実行に移す機会となれば嬉しい限りです。
お気軽に下記からお申し込みください。
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Office SUGIYAMA グループ代表。採用定着士、特定社会保険労務士、行政書士。1967年愛知県岡崎市生まれ。勤務先の倒産を機に宮崎県で創業。20名近くのスタッフを有し、採用定着から退職マネジメントに至るまで、日本各地の人事を一気通貫にサポートする。HRテックを精力的に推進し、クライアントのDX化支援に強みを持つ。著書は『「労務管理」の実務がまるごとわかる本(日本実業出版)』『新採用戦略ハンドブック(労働新聞社)』など