コロナ禍もあって介護人材不足が深刻化している。平時でさえも問題ではあったが、さらに悪化しているといえよう。しかし、今回は、コロナ禍を少し棚上げして、そもそもの介護人材不足について考えていきたい。いずれコロナ収束後も、この問題は持続していくため長期的に見ていく必要があるからだ。そこで、介護人材不足は介護経営者の責任が重いことを指摘したい。
筆者は、一部の介護経営者は「介護人材不足」の問題において、を自らの人事マネジメントのなさを認識していないと考える。実際、コロナ禍といえども人材不足に陥っておらず、困っていない介護事業所も少なからずある。
今年2月に介護従事者にアンケート調査を実施したところ 、約2割の回答者が自分の働いている事業所では、コロナ禍といえども人材を採用(補充)できているという(図1)。
一般的に「介護人材不足」の要因としては、①全産業に比べて賃金が低い、➁少子化により労働人口が少ない(特に過疎地域)、③介護職のイメージが社会的に悪い、などといった論点が浸透している。確かに、これら は「介護人材不足」の大きな要因であることは言うまでもない。
しかし、少ないながらも「介護人材不足」に陥っていない介護事業所もあることから、このような社会的背景を克服している介護経営者もいる。筆者も数人の介護経営者に話を聞いたことがあるが、人材の確保・定着には経営の最重要課題として努めているという。その意味では、「介護人材不足」に悩み続けている介護経営者は、本当に努力していて問題が改善されないのか、?いまいちど冷静になって考えていくべきであろう。もちろん、頑張っても人材難に陥ることもあるだろう、特に、過疎地域では生産年齢人口自体が 少ないがために。しかし、筆者は、介護経営者の努力次第で、解決できるケースも多々あり、いわば介護人材不足は経営者の努力不足も大きいと考える。
公益財団法人介護労働安定センターの調査によれば、介護職が辞めてしまう理由は「賃金問題」よりも、「職場の人間関係」「法人・事業所の理念」が合わないといった精神的な側面が大きいと指摘されている。特に、「人間関係」の問題は、介護現場に限らず全産業の職場で大きな課題となっており、当然といえば当然かもしれない。
もちろん、介護職は女性の方が男性よりも割合が高い職場であるから、結婚や出産で辞めてしまうケースも多いことは事実である。
しかし、多くの介護経営者は、介護職が辞めてしまう理由に「賃金」が安いことや 、自分の事業所の人間関係が背景にあることに気づいていない。もしくは、どこにでもある 要因だから重要視していない者がいるのではないだろうか?
もし、このような認識でいる介護経営者は、人間関係の改善を図る努力しないがため、一層、職場環境を悪化させてしまい、経営者としては努力不足と言われてしまうかもしれない。
もし、介護経営者の責務は経済的側面(収支など経営面)やコンプライアンス(監査対策など)などが主で、職場の人間関係の構築などは、部下の中間管理職の職務であると考えている者がいるとしよう。そのような経営者は考えを改めていかない限り、遠くない将来、経営に失敗するに違いない。つまり、優れた中間管理職を育成・確保することが最大の経営者の責務であり、結果、魅力ある介護職場の構築につながることを認識しなければならないからだ。
読者である介護経営者の皆さんは、定期的に介護人材の定着・確保・養成などについて、中間管理職と真剣に意見交換をしているだろうか?もしかしたら、すべて人材不足問題は中間管理職に丸投げしてはいないだろうか?
繰り返すが、「魅力ある職場」では介護人材不足は生じてない。このような介護現場に共通することは、優れた中間管理職が育っている。例えば、新人や未経験者の中途採用の介護職員の養成・育成は、中間管理職のマネジメントが重要である 。
つまり、人事マネジメントが苦手な介護経営者は、当然ではあるが介護人材不足に陥る。中間管理職をはじめ、職員から「人望」がないと経営者は魅力ある職場を構築することはできない。そのためには、部下とのコミュニケ-ションを常に図ることが重要で、いわゆる「コミュ力」に欠ける者は、言うまでもないが経営者としては向いていない。「人」と接する介護の仕事においては、介護経営者自ら部下と意見交換を積極的に図る必要がある。
確かに、一昔前の介護経営者は、事務所に居座り帳簿、書類確認、外部との折衝などで充分職責を果たせていたが、今は、部下とのコミュニケーションが最重要項目だ。
特に、30歳未満の若者世代の感覚を経営者自ら理解する必要がある。筆者の現場調査で分ったことだが、経営者の不適格事例としては、以下のような発言だ。
例えば、「最近の若者は、長続きしない。石の上にも3年という言葉を知らないのかな?」「最近の若い連中は、あいさつしない!」「仕事は、先輩の後ろ姿を見て覚えるもの者だ!指示待ちの姿勢は、駄目だ!」・・・・
ゆとり世代以降の若い世代と、介護経営者らの団塊ジュニア世代以降もしく60歳代とは、明らかに物の考え方、文化、育った環境が異なる。このような発言をしている介護経営者は、「昭和時代」の古い感覚である。まずは、このような古い考えを持っている経営者であれば、現代に通じる人事マネジメント手法 を勉強し直す必要がある。
また、経営者の多くは、自分の事業所がブラック企業か否かを再確認する必要がある。 つまり労動法規を軽んじていないかである。このような投げかをすると、一部の者は、「人がいないから仕方がない」「介護報酬が低くて残業代が払えない」「介護は『福祉』だから、多少の自己犠牲は仕方ない」「要介護者のために、私(経営者)は頑張っている、多少の労働環境は仕方ない」・・・・
確かに、要介護者の第1主義はわかるが、今の労働市場(全産業の人手不足)を鑑みれば、このような「介護」「福祉」といった論理は、世間からは無視される。当然だが、働く立場からすれば、ブラック企業の業界には「人」は定着しない。そのことを介護経営者は自覚して、ホワイト企業に努めていくしか、介護業界の人材不足問題の解決の糸口は見出せない。
良質な介護サービスを提供するための条件は、どれだけ「愛社精神」のある職員を確保できるかではないだろうか?
確かに、終身雇用制度が解体して、長期にわたり同じ事業所に勤め続ける人は少なくなっている。特に、医療・介護業界は、専門職ということもあって転職をすることが当たり前となっており、2~5年で転職し続ける人は多い。実際、新規の特養や老健などが開所すると、多くの人が応募してくるが、その大半は転職組である。そして、再度、どこかで新規の介護施設が開所すると、また転職といった専門職も珍しくない。
しかし、介護事業所にとって短期間しか働かない職員が多ければ、それなりの介護サービスしか提供できないであろう。介護は「人」次第であるため、どれだけ組織のために「愛着」をもって働く職員がいるかで、その組織の評価が決まるのではないだろうか?
最後に、私が福祉(介護)人材を育てている大学のゼミの授業の中で、良質な職場を見つけるチェックリストを参考に示したい。筆者としては、これら10項目は当てはまってほしいものだ。読者である介護経営者の皆さんも、どれだけあてはまるか考えていただければ幸いである(表1)。
淑徳大学総合福祉学部教授(社会保障論、社会福祉学)。介護職、地域包括支援センター職員として介護係の仕事に従事後、現職。『介護職がいなくなる』岩波ブックレット。その他、多数の書籍を公刊。