昨年12月下旬、2021年度介護報酬改定率が+0.7%と決着した。本サイトは介護経営者の読者も多いと思うが、どのような感想を抱いたであろうか?「予想通りの水準」といった意見が、大半ではないだろうか?みなさんは、3年に1度の介護報酬改定に影響を受けながら事業を展開しているだろう。今回は、介護報酬改定と介護経営者のスタンスについて考えてみよう。
2021年度の介護保険総費用を約12兆円と仮定するなら、+0,7%で新たに約840億円の財源が投入されることになる。もちろん、プラス改定であるから自然増を除いての新たな財源が投入されるわけだ。この約840億円が、どの介護サービス分野に割り振られるかで、今後3年間の介護経営を大きく左右する。
介護給付費分科会の結論を鑑みれば、「加算」の創設が目立つため新たな財源の大半は「加算」の原資に用いられることは明白であろう。つまり、「基本報酬」の大幅引き上げは、全く期待できないと言わざるをえない。
読者の多くも、+0.7%と聞いて基本報酬引き上げの期待は見込めず、相変わらず「加算」との格闘だと認識した人も多いだろう。もっとも、仮に0.7%が全て基本報酬に上乗せされても、まったく意味のない上げ幅になってしまうため、頑張った部門に少ない財源を配分する「加算」方式しか選択の余地はないのであろうが。
これまでの介護保険の歴史を振り返り、最大の改定幅は3%引き上げの2009年度改定であった(表1参照)。当時、介護保険総費用が約8兆円だったので、約2400億円の財源が新たに投入されたのである。当時から介護経営者であった人は、大幅な引き上げであったと記憶しているだろう。リーマンショックといった大不況も重なって、経済対策という名目で3%の引き上げとなった。
しかし、それ以降、幾たびかプラス改定はあったものの、2015年度改定には2.27%引き下げといった厳しい水準もあり、その評価は一進一退だ。
介護保険における「市場」は、擬似的「市場」であり公定価格(介護報酬)が基になっている以上、純「市場」とは違う。
他業界から介護保険分野に参入する経営者の中に、「介護保険で市場全体のパイは保障されているのだから、あとは競争原理で収入を得て、『勝ち組』を目指そう」と、考える人がいる。確かに、擬似的「市場」であっても「競争原理」は部分的に機能するが、純「市場」とは異なる。
つまり、擬似的「市場」では、「勝ち組」「負け組」といった分断は許されないのである。なぜなら、介護経営者が「負け組」となれば、その利用者(要介護者)も「負け組」となり不利益となるからだ。通常の商売で事業所が破綻すれば、利用者(消費者)は別の事業所(店)に乗り換えるだけで、さほど問題は生じない。
しかし、介護保険サービスは、直ぐに事業所を換えることはできず、地域によってはサービス自体がなくなり利用できなくなってしまう。コロナ禍にあって2020年は過去最高の介護事業所の倒産を記録し、介護関係者の多くが驚愕している。
介護保険業界で良いアイデアを出して、「勝ち組」となり収入を得たとしよう。経営学的には「市場」で勝ち組になることは、法令違反しない限り成功者として賞賛を受けることになる。しかし、擬似的「市場」での勝ち組は、そう長くは続かない。
3年1度の介護報酬改定で是正されてしまうか、法令が厳しくなり収益を得ることが難しくなるからだ。いわば介護報酬改定とは、勝ち組を持続させない機会となっている。
例えば、記憶に新しい「お泊まりデイサービス」というサービス形態は、保険外サービスを上手に組み合わせた経営方式であったが、後に運用ガイドラインが設けられるなどで魅力あるビジネスモデルでなくなっていった。
また、サービス付き高齢者住宅と介護事業所(訪問介護、デイサービス)といった囲い込みにおいては、度重なる介護報酬改定によって厳しい対応がなされている。
なお、2021年介護報酬改定で大きく注目されているのが、新データベース「CHASE」が本格的に導入されることだろう。「科学的介護」といった名目で、幅広いケア内容や利用者の状態(利用者のADLや栄養、口腔・嚥下、認知症)などを保管するデータベースの構築が目指されている。今回の改定で、「CHASE」への情報提供を評価する新たな「加算」が創設される。
無論、筆者も「自立支援・重度化防止」は重要と考え、科学的介護に異論を唱えるつもりはない。しかし、筆者は、一連の厚労省の議論の進め方に疑問を感じている。なぜなら、「CHASE」の議論は介護における部分的な側面であって、もう一方の「生活支援」といった議論が軽視されているからだ。
つまり、医療(疾病・療養)と介護(生活支援、自立支援)は、若干、異なる概念が存在すると考える。もちろん、「科学的介護」は、一定のケア方針を画一化はできるであろうが、医療分野のように杓子定規にはいかない。
なぜなら、介護は介護職及び要介護者・家族の価値観が多様化しているからだ。仮に、「CHASE」が本格稼働して、これらデータを基に全てのケアが画一化できたとしよう。そうなれば、ある程度の介護経営手法も統一化されていくに違いない。
しかし、全国の要介護者の状態等がデータ化されたとしても、実際のケアが一定の方向性に集約されるとは限らない。つまり、状態が同じであっても介護職及び利用者の価値観によってケア方針が異なるからだ。確かに、一定の枠組みは統一できるかもしれないが、個人の価値観も重なって、ケア(サービス)内容は多様化されると考える。サービス事業者においては、データを活用することで、ケア内容に根拠を持たせたうえでサービスを個別化・多様化させていくことに期待される。
介護保険に関する経営は、一般の経営学・経済学とは、多少、異なる要素がある。つまり、介護保険は公共政策であり、その価格や市場規模は政府・自治体が大きく影響を及ぼしている。
そして、介護職(供給側)と要介護者(利用者)の価値観によっても、そのサービス形態は左右される。通常の商売であれば、利用者(消費者)は合理的・効率的で、一定の消費動向は普遍化される。しかし、要介護者(利用者)の消費動向は、ケースによっては非効率で合理的でない場合もある。利用者が認知症を患っていればなおさらである。しかも、介護職の価値観も重なれば、必ずしも経営学・経済学の論理で物事を語ることはできない。
その意味では、介護保険に関わる経営者は、これらの特徴を見極めながら的確な経営スタイルを見出してほしいものだ。
淑徳大学総合福祉学部教授(社会保障論、社会福祉学)。介護職、地域包括支援センター職員として介護係の仕事に従事後、現職。『介護職がいなくなる』岩波ブックレット。その他、多数の書籍を公刊。