昨年12月、クラウド型の介護ロボット連携プラットフォーム「Smart Care Operating Platform(略称SCOP)」を開発した功績から、内閣官房主催の「第5回日本医療研究開発大賞AMED理事長賞」を受賞。「介護×DX」のキーパーソンとして今、業界内外で大きな注目を集めているのが、社会福祉法人善光会の理事・最高執行責任者(COO)・統括施設局長の宮本隆史さんです。
施設内に介護ロボットの研究拠点を設置。様々なセンサー機器や、これらを連携する自社開発プラットフォームを駆使することで、巡回・見守り、記録・申し送りなどの介護業務を大幅に省力化しました。現場主導によるDX介護の先端事例をご紹介します。
*前回記事:介護業界のDXを推進するキーパーソンたちに聞く─ DXで介護経営の未来はどう変わる?(1)
【画像】宮本隆史氏
介護施設を運営する社会福祉法人でありながら、ICT機器の開発にも自ら取り組む善光会とは一体どんな法人なのでしょうか。
善光会は2005年、「オペレーションの模範となる/業界の行く末を担う先導者になる」ことを理念に掲げ、創立しました。東京都大田区(6拠点)と葛飾区(1拠点)に拠点をもち、本部がある複合福祉施設サンタフェ ガーデンヒルズでは、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、障害者支援施設、デイサービス、通所リハビリテーション、ショートステイを運営しています。「諦めない介護」、「先端技術と科学的方法を用いたオペレーション」をビジョンに掲げ、これまで様々な介護ロボット※1を評価・導入、介護業務の効率化、DXに取り組んできました。
※1:厚生労働省によると、介護ロボットとは、情報を感知(センサー系)、判断し(知能・制御系)、動作する(駆動系)という3つの要素技術を有する、知能化した機械システムのこと。装着型のパワーアシスト、歩行アシストカート、自動排泄処理装置、各種見守りセンサーなどが具体例。
DXの旗振り役はCOOの宮本隆史さん。介護ロボットの研究拠点としているのが、「サンタフェ総合研究所」です。ロボットスーツ「HAL」を皮切りに、これまで善光会で導入・評価してきた介護ロボット機器は実に150種類以上。「どこの介護施設よりも導入実績が豊富」と自負する介護ロボットの実証から得た知見を、福祉業界全体で広く活用してもらおうとの狙いから、同研究所を2017年に設立しました。
DXの実証舞台となっているのが、善光会が運営するユニット型の特別養護老人ホーム「フロース東糀谷」(定員160名)です。フロアの一角には、多様な機器類の管制塔のようなブースがあり、呼吸・心拍・睡眠といった利用者のバイタル情報を集約する大型のコントロールパネルやタブレットPCなどが置かれています。
利用者のベッドの下には見守り支援システム「眠りスキャン」のセンサーシートが敷かれ、心拍、呼吸、体動を感知して、パソコンやタブレットでリアルタイムに詳細な情報を映し出します(下の図参照)。居室の天井には、転倒などのリスクに備え利用者の行動を把握・分析するセンサー「HitomeQ(ひとめく) ケアサポート(下の写真参照)」も。これらのセンサー機器や、膀胱の拡張状態をモニタリングすることで尿の溜まり具合がスマホに伝達されるシステム「DFree(下の写真参照)」などを連携してセンサーを複合的に活用することで、利用者が起きている適切な時間にトイレ誘導を行うことも可能になっています。
【画像】「眠りSCAN」のリアルタイムモニター画像サンプル(提供:パラマウントベッド株式会社)
【画像】壁に設置している見守りセンサー「HitomeQケアサポート」(提供:コニカミノルタQOLソリューションズ株式会社)
【画像】膀胱の拡張具合を把握して排泄を予測する装着型デバイス「Dfree」(提供:トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社)
こうしたセンサー機器の採用を機に、職員らの負担になっていた無駄な巡回が減り、見守り業務にかける時間は約1/2※2になりました。数年前からは夜間巡回の必要がなくなったことで、夜勤のシフトも大幅に減りました。特養などの人員配置基準は現在3対1ですが、全国平均は2対1とも言われる中、善光会ではこうしたDX化と業務改善を徹底し、現在では2.8対1の配置を実現させています。
※2:令和2年度「介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォーム構築業務一式・報告書別冊モデル事業」(厚生労働省)
センサー機器の導入効果は単なる省力化にとどまりません。「眠りSCAN」により、利用者の睡眠の状態をリアルタイムで把握し、熟睡時にはできる限りおむつ交換を避けることで、利用者の睡眠の質や生活リズムもより良好に変化したといいます。さらに、「HitomeQケアサポート」では、離床や転倒・転落に関する注意行動を、スマートフォンの通知で察知して映像で迅速に状態を確認できるので、無駄なく効果的な駆けつけ対応が可能となりました。
このように、「多用な機能の機器を連携させて活用している点が善光会のDXの一番の特徴」だと宮本さんは話します。「介護現場では、見守りをしながら食事や排泄を介助するなど、複数の業務が複雑に関わり合います。一つの業務だけを取り出して機械化しても生産性向上にはなかなかつながりません。入浴、排泄、食事、就寝準備・見守り、コミュニケーションなどの業務全体を対象に、それぞれの時間や内容について業務分析をまず行った上で、見守り・巡回などの必ずしも人が行わなくてもいい業務についてはテクノロジーに代替させるなど、オペレーションを根本的に見直していくことが重要です」。
見守り・巡回のほかに宮本さんが業務改善のターゲットとしたのが、様々な記録の記載業務や申し送りでした。それを解決した仕組みが、冒頭でも紹介したスマート介護プラットフォーム「Smart Care Operating Platform(略称SCOP)」です。
(しんむら・なおこ)一般社団法人ハイジアコミュニケーション代表理事・理事長。公衆衛生学修士。医療健康ジャーナリスト。慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員。日経BP社に長く勤務し、シニア女性誌を発行する出版社ハルメクを経て、2020年4月から現職。ヘルスケア領域を中心に各種コンテンツの企画構成・取材・執筆を行いつつ、ハイジアとしては研究機関や大学の研究支援活動の一環として、コホート調査の運営なども請け負う。