昨年から、介護業界でもよく聞かれるようになってきた「デジタルトランスフォーメーション(DX)」。労働集約型の介護業界において、事業所、大手ベンダーがDX化を急ぎ出した背景にはどんなことがあるのでしょうか。介護業界のDX化を推進するキーパーソンたちに取材し、DX化によって介護経営がどう変わるのか、介護事業所でDXを成功させるためのポイント、注意すべき落とし穴についてご紹介していきます。
連載第一回目に登場いただくのは、介護現場でのテクノロジー普及を目指す一般社団法人日本ケアテック協会代表理事を務める鹿野佑介さんです。
【画像】鹿野佑介氏
介護業界の大きな課題と指摘されているのが担い手不足です。団塊世代が後期高齢者に達する、いわゆる2025年問題が迫る介護現場の状況について、日本ケアテック協会代表理事で、ケアプラン作成支援AIなどを手掛けるウェルモの代表取締役CEOも務める鹿野佑介さんはこう指摘します。
「介護業界の人材不足は待ったなしです。少子高齢化の需要増により、2025年度には約243万人(+約32万人※1)、2040年度には約280万人(+約69万人)の人材が必要という厚生労働省の推計が出ていますが、それだけでなく、介護職員の高齢化も大きな問題です。平均年齢50歳※2の方々に、いわゆる“抱え上げの介護”のような力仕事を求め続けていくのは無理。今後は在宅介護が増えていきますが、一般住宅にはリフトなどの機材もありません。このまま気合と根性だけで立ち向かう“竹槍介護”では到底立ち行きません」。
※1:( )内は、2019年度の必要数211万人に加えて確保が必要と見込まれる人数 ※2:介護労働安定センターの令和2年度「介護労働実態調査」によると、平均年齢は年々上昇、現状は49.4歳(2020年)。介護労働者全体の23.8%が60歳以上。
こうした背景から、介護業界でのDX化は急務となっています。DX化を考える際に欠かせないのが業務のICT化ですが、現状はどの程度進んでいるのでしょうか。少し古い調査になりますが、「総務省の『平成24年版 情報通信白書』の報告では、介護事業所が含まれる『保健・医療・福祉関連』領域の中小企業のICT化は、全産業中で残念ながら最も進んでいないという結果でした」(鹿野さん)。
それだけではありません。令和2年度「介護労働実態調査」によると、「給与計算、シフト管理、勤怠管理を一元化したシステム」を利用している事業所はわずか17.9%(下の表参照)。「グループウエア等のシステムで事業所内の報告・連絡・相談を行っている」事業所も16.1%。パソコンで利用者情報を共有しているという事業所でさえも50.4%に過ぎませんでした。
【画像】令和2年度介護労働実態調査・事業所における介護労働実態調査結果報告書より抜粋(以下・同様)
「勤怠管理などの経営の基盤とも言える業務においてもまだICT化が進まず、従業員数が多い介護現場では欠かせないホウレンソウ、“報告・相談・連絡”業務ですら、電話のみに頼っている例が多いということでしょう。大企業であれば、大抵チャットツールなどを導入されていると思いますが、こうしたツールも近年は無料や低コストで導入が可能にもかかわらず、介護現場ではまだ浸透していないのではないでしょうか」。
なぜ、ここまで介護業界にはICT技術が導入されにくいのでしょう。「私はその理由の一つに、介護や福祉の文化的側面が影響しているのかもしれないと感じています。介護は人が人のケアをする、人の心を扱う仕事でもあります。一般企業では、製品など無機質なものを取り扱うことが多いですが、この領域では、時間がかかっても利用者さんの心に寄り添おうという優しさを持つ方が多く、業務の合理化やICT化に関心を持つ人材がそもそも集まりにくい傾向にあるのかもしれません」。
(しんむら・なおこ)一般社団法人ハイジアコミュニケーション代表理事・理事長。公衆衛生学修士。医療健康ジャーナリスト。慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員。日経BP社に長く勤務し、シニア女性誌を発行する出版社ハルメクを経て、2020年4月から現職。ヘルスケア領域を中心に各種コンテンツの企画構成・取材・執筆を行いつつ、ハイジアとしては研究機関や大学の研究支援活動の一環として、コホート調査の運営なども請け負う。