これまで、M&Aを実施した後の組織の統合プロセスを円滑に進めるには、統合プランを事前に作成しておくことが重要と説明してきました。さらに買収側の属性を、同業者(多店舗化)、関連事業者(多角化)、異業種(新規事業)に分け、“組織変革に向けた3ステップのプロセス”に沿った統合プランを検討してきました。
(* 訪問看護事業M&A後の統合プランの考え方:多店舗化を検討する場合)
(* 訪問看護事業のM&A後の統合プランの考え方:介護事業者の多角化を目的とする場合)
(*訪問看護事業のM&A後の統合プランの考え方:全くの異業種が訪問看護ステーションをM&Aをする場合)
今回は訪問看護事業を買収した後の組織統合の総まとめとして、訪問看護事業のM&Aを検討する全ての経営者に向けて押さえておくべき3つのポイントをご紹介していきます。
これまで何人もの経営者の方に訪問看護ステーションの運営について話を伺ってきましたが、活気があり、なおかつ訪問件数の多いステーションには、例外なく優秀な管理者がいらっしゃいました。つまり、訪問看護ステーションのM&Aは買収先の管理者が優秀であれば成功の可能性が飛躍的に高まると言っても過言ではないと思います。
訪問看護は基本的に看護師が提供するサービスです。そのため、ステーションを取りまとめる管理者の重要性には異論がないと思います。
反面、訪問看護ステーションによっては、全ての業務が管理者頼みになっている可能性もあります。しかし、看護の質の管理も経営数値の管理も職員の管理も全てを完璧にこなすことのできる人間などいません。
仮に優秀な管理者がいるステーションを買収できたり、優秀な管理者をおくことができたりしても、管理者を支援する体制のないステーションはいずれその優秀な看護管理者を潰してしまいかねません。いくら優秀な訪問看護管理者であってもその能力を発揮できない環境が続くと、看護の質やスタッフのモチベーションも下がってしまいます。それが離職の連鎖を起こし、ステーションの廃止に至ることもあるでしょう。よって、優秀な管理者を支援する体制を整えておくことが訪問看護ステーションの経営者には求められます。
管理者の支援体制づくりにはいくつもやり方がありますが、ここでは業務効率化にも資する取り組みとして、バックオフィス業務の集約を取り上げます。ここでいうバックオフィス業務とは、請求業務や行政への各種申請など、まとめて取り組むことで効率化できる業務のことです。
バックオフィス業務の集約は事務効率の向上にもつながりますが、訪問看護管理者の支援にも有効と考えられます。管理者の負担を減らすことで、スタッフ一人一人と向き合う時間を増やし、ステーションの運営に注力できる体制づくりを後押しします。
もちろん事務業務を誰がどの程度理解して実行するのかについては、経営者の方針によって異なると思います。例えば、訪問看護サービスの提供は、制度的な理解を深めた方がより良い看護サービスにつながると考えて契約やレセプト請求等の業務を事務職や看護管理者だけではなく現場看護師も一緒に行う会社もあるでしょう。反対に、看護師が看護に専念することによってサービスの質を高めていくと考え、そういった業務は専任の事務員が行なっているという会社もあると思います。そのどちらにおいても、看護管理者の業務全体を確認しながら調整し、1人で背負い混みすぎないようにする支援はとても重要です。
訪問看護の現場では日々、大小様々なトラブルがあります。このようなトラブルを全て予測することはできません。事前にトラブルを予防し、なにか起きたときにはすぐに対応できるよう看護管理者の業務に余裕を残しておくことは、M&A後の事業の安定と発展につながります。
訪問看護はスタッフが顧客のいる居宅を訪れ、サービスを提供しなければ始まりません。M&Aをしたけどスタッフは全員辞めてしまったという状況は、一番避けなければなりません。スタッフにはこれまでと同様に(むしろこれまで以上に)サービスを提供してもらわなくてはなりません。これまでも繰り返し述べてきましたが、スタッフが安定して働ける職場をいかに作っていくかを考えると、訪問看護管理者がその要となることは間違いありません。
経営者が考えるべきことは多岐に渡ります。しかし、訪問看護ステーションをM&Aをする際、「訪問看護管理者をどのように支援するか」という点だけは必ず考えて、何らかのアクションを起こす必要があると私は考えています。そのためには看護管理者との対話を通して、看護管理者が生き生きと能力を発揮できるような環境を整えていくことが重要です。
世の中にはたくさんの仕事があります。そういったたくさんの仕事の中で、訪問看護という仕事は制度的にも実務的にも訪問看護管理者という1人の人間に多くを頼っているように思えます。経営者の皆さんに切に願うことは、訪問看護管理者の育成と支援体制の構築にぜひ力を入れてほしいということです。
髙木晴夫(2008)『企業組織と文化の変革』,慶應義塾大学ビジネス・スクール
齊藤光弘・中原淳編著,東南裕美・柴井伶太・佐藤聖著(2022)『M&A後の組織・職場づくり入門』,ダイヤモンド社
(つるがやまさこ)合同会社manabico代表。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修等の仕組みづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。 【合同会社manabico HP】https://manabico.com※プロフィールは記事配信当時の情報です