前回は「風通しの良い」職場の鍵となる心理的安全性とはどういうものか、そして心理的安全性を高めるために管理者が取り組むべき手順についてご紹介しました。今回は具体的な事例を用いて、自ステーションの心理的安全性が低いとどのようなことが起きるのか、そして心理的安全性を高めていくにはどうすればよいかについて解説していきます。
今回取り上げるのは、ある訪問看護ステーションの新任管理者として着任した山代さんが、自分の着任前に起きていた医療事故についてケアマネからの問い合わせで気がついた事例です。お気づきの方もいらっしゃると思いますが、山代さんは前々回で取り上げたケースの主人公でもあり、今回はその続編にもなります。もしもあなたが山代さんの立場であったなら、どのように対応するかを考えながら読んでみてください。
着任後のステーションの状況
前任の管理者のどんな依頼であっても断らないという方針が地域に浸透していたおかげで、連携しているケアマネジャーや医師からの依頼はひっきりなしだった。依頼内容は、他ステーションから断られた困難ケースや土日を含む急な訪問開始等のケースが多く、スタッフたちが疲労と不満を溜めていたことは着任間もない山代から見ても明らかだった。
また、新型感染症の流行や忙しさを理由にスタッフ全員が揃って行うカンファレンスやミーティングはこの1年間全く行なっていないようだった。そのため、ステーション内での共有事項についてスタッフの誰かが「聞いて無い」と言うのは日常茶飯事であった。
立ち上げ時からの唯一残っているベテランの高見は、必要な時のみ山代に声をかけてくるくらいで、それ以外は挨拶も無く訪問のために事務所を出入りしていた。
昨年入社した常勤の鈴木とパートの石原は愛想も良く、異動してきたばかりの山代に気を遣っている様子が見受けられた。2人は仲が良いようだが、更衣室等でコソコソと話していることが多く、高見とは必要最低限しか話していない様子が見られた。
山代が着任して1週間ほど経ったある日、ケアマネから「先日、訪問看護の際に起こった事故について、どの後の対応がどうなったか聞きたい」と電話があった。山代は前任の管理者からもスタッフの誰からもその事故について聞いていなかった。急いで事故報告書のファイル内の記録を探したが、ファイルに挟まっていたのは事故報告書の書き方フォーマットのみであとは何も無かった。
そこでまず、一番に帰ってきた高見に事故のことを聞いたが知らないとのことだった。
次に帰ってきた鈴木と石原に聞いたが、モゴモゴとして明確な返答は得られなかった。よくよく聞き出してみると、石原が訪問時に些細なヒヤリハットを起こしてしまったが利用者が大丈夫と言っていたため、鈴木と相談して誰にも報告していなかったということだった。
今回、たまたま利用者からケアマネジャーがその事故について聞いて、ステーションに電話をかけてきたから発覚したのだった。石原は前任管理者や高見から怒られるのが怖く言い出せなかったと泣き出してしまった。
(つるがやまさこ)合同会社manabico代表。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修等の仕組みづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。 【合同会社manabico HP】https://manabico.com※プロフィールは記事配信当時の情報です