最低賃金制度とは、最低賃金法に基づき国が賃金の最低額を定め、使用者は、その最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度です。
この制度を運用することで、事業若しくは職業の種類又は地域に応じて、労働者の賃金の最低額を保障できます。労働条件の改善を通じて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保を促し、国民経済が健全に発展することを目的としています。
最低賃金には、産業や職種にかかわりなく、各都道府県内の事業場で働くすべての労働者とその使用者に対して適用される地域別最低賃金と特定の産業について設定されている特定(産業別)最低賃金の2種類があります。
最低賃金額は、いずれも以下のサイトで確認できます。
地域別最低賃金全国一覧
事業所は、最低賃金の適用を受ける労働者の範囲、最低賃金額、算入しない賃金及び効力発生日を常時作業場の見えやすい場所に掲示するなどの方法により周知する必要があります。
とても簡単なことなので必ず実施してください。周知していないときは、30万円以下の罰金の対象となります。
各都道府県用の周知用の掲示物は、以下のサイトからダウンロードできます。
最低賃金広報ツール
例えば最低賃金額未満で労働契約を締結したとしても、最低賃金法の効果によって、最低賃金額で労働契約を締結したことになります。
このようなケースが判明すれば、過去3年間に遡って、最低賃金額と実際の賃金との差額で未払いとなっている賃金を支払わなければなりません。なお、賃金債権の消滅時効は本来5年間ですが、当分の間は3年間とされています。したがって、いずれは5年間の遡りで差額を支払わないといけなくなると考えておいてください。
最低賃金を支払っていないときは、最低賃金額との差額を支払うだけではなく罰則もあります。
罰則は次の通りです。
①地域別最低賃金額以上の賃金額を支払わない場合には、50万円以下の罰金
②特定(産業別)最低賃金額以上の賃金額を支払わない場合には、30万円以下の罰金
最低賃金の対象となる賃金は、毎月支払われる基本的な賃金の総額です。ただし、次の賃金は最低賃金額を計算する際には除外して計算されます。
(1)臨時に支払われる賃金(結婚手当など) (2)1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など) (3)所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金など) (4)所定労働日以外の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など) (5)午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金など) (6)精皆勤手当、通勤手当及び家族手当
(引用:厚生労働省最低賃金特設サイトより)
最低賃金額は時間額で決められています。よって、月給などを時間額に変換しなければなりません。
最低賃金の対象となる賃金と次の5つの計算式を用いて最低賃金額と比較します。
① 時間給の場合 時間給≧最低賃金額(時間額)
② 日給の場合 日給1日の所定労働時間≧最低賃金額(時間額)
ただし、日額が定められている特定(産業別)最低賃金が適用される場合には、日給≧最低賃金額(日額)となります。
③ 月給の場合 月給1カ月平均所定労働時間≧最低賃金額(時間額)
④ 出来高払制その他の請負制によって定められた賃金の場合 出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額を、当該賃金算定期間において出来高払制 その他の請負制によって労働した総労働時間数で除した金額≧最低賃金(時間額) ⑤ 上記1〜4の組み合わせの場合
例えば基本給が日給制で各手当(職務手当等)が月給制などの場合は、それぞれ上の2、 3の式によ り時間額に換算し、それを合計したものと最低賃金額(時間額)と比較します。
最低賃金額が変更になったときには、最低賃金に抵触しているスタッフの労働条件を最低賃金額を満たすように変更する必要が生じます。
また、最低賃金に抵触しているスタッフがいなくても、確認すべき事項や作業もあります。
小規模な介護事業所では、企業体力が乏しいため、最低賃金で労働契約を締結しているケースが散見されます。
10月以降の最低賃金額未満の時間単価となるスタッフがいれば、10月から労働条件の変更が必要となります。労働条件を変更する際には、対象者に対して労働条件の文書明示が必要となります。
労働条件の文書明示義務に違反したときは、30万円以下の罰金刑が決められています。
《労働基準法第15条第1項》
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
定額残業代を採用している介護事業所では、10月以降の最低賃金額未満の時間単価となるスタッフがいれば、定額残業代の再計算作業が必要となります。
最低賃金額の計算をして、労働条件通知書の基本給や手当の欄は記入したものの定額残業代の欄の記入を忘れるケースが散見されます。特に過去に作成した労働条件通知書を上書き変更して作成する際に発生し易いミスです。
事業所の担当者が気が付きにくく、労働基準監督署の調査時や助成金申請時に発覚することが多いです。
定額残業代の再計算作業をしなかった結果、未払残業代が発覚したり、助成金支給申請ができなくなるなど、事業所への影響は大きなものになります。
10月以降の最低賃金額未満の時間単価となる求人原稿をIndeedなどでWEB公開していると、今後は掲載されなくなる可能性があります。
Indeedなどのキュレーションサイトは、コンプライアンスを重視する傾向がとても強くなっています。ですから、最低賃金に抵触している求人原稿などを平気で公開しようとする事業所を嫌います。これらのサイトに嫌われるということは、WEB上で求人原稿を見ることができなくなるということです。
大人気のキーワードを求人原稿に散りばめようとも、WEB上では誰も求人原稿を見ることはできなくなります。すなわち、求職者からすれば、この世に存在していない会社になってしまうということです。
ハローワークの求人窓口からは、電話などで連絡があるかもしれません。でも、求人をテーマとしてまとめたサイトでは、わざわざそのような連絡をせず、一方的に掲載されなくなるだけということを肝に銘じておきましょう。
Office SUGIYAMA グループ代表。採用定着士、特定社会保険労務士、行政書士。1967年愛知県岡崎市生まれ。勤務先の倒産を機に宮崎県で創業。20名近くのスタッフを有し、採用定着から退職マネジメントに至るまで、日本各地の人事を一気通貫にサポートする。HRテックを精力的に推進し、クライアントのDX化支援に強みを持つ。著書は『「労務管理」の実務がまるごとわかる本(日本実業出版)』『新採用戦略ハンドブック(労働新聞社)』など