まず、同一労働同一賃金が求められるようになった背景としては、以下のような要素が指摘できます。
【非正規雇用者の増加】
非正規雇用者の増加は、労働市場における新たな課題を生み出しました。
これには、賃金格差、キャリア形成の機会の不平等、社会保障へのアクセスの不均等などが含まれます。これらの課題に対処するため、「同一労働同一賃金」の原則が重要な役割を果たすことになります。
この原則は、労働市場の公正性を高め、すべての労働者に公平な待遇を保証することを目指しています。
①非正規雇用者の増加の背景
労働コストの削減: 経済のグローバル化や競争の激化に伴い、多くの企業がコスト削減を目指してきました。非正規雇用者は正規雇用者に比べて賃金が低く、福利厚生の負担も少ないため、企業にとって経済的な選択肢となります。
②柔軟な雇用形態の需要
市場の変動や事業の需要に迅速に対応するため、企業は柔軟な労働力を求めるようになりました。非正規雇用者は、短期間や特定のプロジェクトに対応しやすいため、企業にとって魅力的です。
③経済状況の変化
経済の不安定さやリストラクチャリングの増加により、正規雇用の機会が減少し、多くの労働者が非正規雇用を選択せざるを得なくなりました。
④労働市場の変化
若者や女性、高齢者など、異なる背景を持つ労働者が増え、彼らが柔軟な働き方を求める中で、非正規雇用が増加しました。
⑤政策と規制の変化
労働市場における規制の緩和や、非正規雇用を促進する政策が導入されたことも、非正規雇用の増加に影響を与えました。
【待遇の格差】
非正規雇用者は、同じ仕事をしていても正規雇用者に比べて賃金や福利厚生が劣るという問題があります。これにより、労働市場における不平等が生じ、社会的な問題となっています。
柔軟な雇用形態の需要の増加は、労働市場における非正規雇用者の割合を増加させました。
しかし、これには賃金格差やキャリア形成の機会の不平等などの問題も伴います。
そのため、非正規雇用者の待遇改善や労働市場の公正性を高めるための政策が求められました。
同一労働同一賃金の原則の下では、『契約社員だから…』、『パートタイマーだから…』ということで不平等を説明したとしても、説明責任を果たしたとはみなされません。
課題① 賃金の差
非正規雇用者は、同じ仕事をしていても正規雇用者に比べて低い賃金を受け取ることが一般的です。これは、非正規雇用者の契約が短期間であること、キャリアアップの機会が限られていること、労働組合に加入していないことなどが影響しています。すなわち賃金の格差が、正規雇用者と比較して非正規雇用者の生活の質や将来の安定性に大きな差を生じさせました。
課題② 福利厚生の不足
非正規雇用者は、正規雇用者が享受する健康保険、雇用保険、退職金制度などの福利厚生を受けにくいです。これは、非正規雇用者の契約が不安定であるため、企業が長期的な福利厚生を提供するインセンティブが低いためです。
課題③ キャリア形成の機会の不足
非正規雇用者は、正規雇用者と比較して、昇進や研修などのキャリア形成の機会が限られています。これは、非正規雇用者の雇用が短期間であることや、企業が非正規雇用者への投資を控える傾向があるためです。
【社会的公正と均等の観点】
同一の仕事に対して異なる賃金を支払わないことは、社会的公正と均等の観点から問題視されています。すべての労働者に公平な待遇を保証することは、社会的な信頼と均衡を促進します。
なお、海外では職種、職務ごとに給与が決定するシングルレート方式が一般的です。一方で日本では、1つの等級・ポジションにつき複数の賃金額を設定するレンジレートが一般的です。
岸田文雄首相は、『日本型職務給の導入方法を類型化し、モデルを示します』と発言されましたが、未だに世の中に変化は起きていないようです。
【労働市場の流動性】
非正規雇用者の増加による労働市場の流動性の高まりは、一方でキャリア形成やスキルアップの機会の制限という問題を引き起こしています。これにより、労働者の能力開発や生産性向上が妨げられる可能性があり、結果として労働市場全体の効率性や競争力に影響を及ぼす可能性があります。このため、非正規雇用者のキャリア支援やスキルアップの機会を提供する政策が重要となり、同一労働同一賃金の重要性が高まりました。
【国際基準への対応】
国際的に認められている同一労働同一賃金の原則に沿った労働政策を採用することは、日本にとって重要です。これにより、国際基準への適応、国際競争力の向上、社会的公正の促進が期待されます。また、グローバルな労働市場における日本の地位を強化し、国内労働市場の公正性と均等性を確保するためにも必要です。
厚生労働省は、「同一労働同一賃金」ガイドラインで、同一労働同一賃金の実現に向けた具体的な方針と取組を示しており、労働市場における不平等の解消と社会的公正の実現を目指しています。このガイドラインの骨子は、以下を確認してください。
◆目的
短時間・有期雇用労働者と派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止と、雇用形態や就業形態に関わらず公正な待遇を確保することを目指すために制定されました。
◆基本的な考え方
同一の事業主に雇用される通常の労働者と短時間・有期雇用労働者、派遣労働者間の不合理な待遇の相違と差別的取扱いの解消を目指しています。
賃金等の待遇は労使の話合いによって決定されますが、不合理な待遇差を解消するための方針が必要だと考えられています。
◆具体的な取組
各事業主は、職務の内容や必要な能力と賃金等の待遇との関係を明確化し、労使で共有することが重要です。
派遣労働者に関しては、派遣元事業主と派遣先が不合理な待遇の相違の解消に向けて協力することが求められます。
賃金だけでなく、福利厚生、キャリア形成、職業能力の開発及び向上等を含む取組が必要です。
◆不合理な待遇の相違の解消
通常の労働者と短時間・有期雇用労働者、派遣労働者間での不合理な待遇の相違を解消するため、事業主は労使で議論し、個別具体の事情に応じた待遇の体系を構築することが望まれます。
◆短時間・有期雇用労働者の待遇
短時間・有期雇用労働法に基づき、事業主は、短時間・有期雇用労働者の待遇について、通常の労働者の待遇との間で不合理な相違を設けてはいけません。
職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者に対しても、差別的な取扱いをしてはいけません。
◆派遣労働者の待遇
労働者派遣法に基づき、派遣労働者に対しても、派遣先に雇用される通常の労働者との間で不合理な待遇の相違を解消することが求められます。
◆協定対象派遣労働者
協定対象派遣労働者に関しては、労働者派遣法に基づく協定に沿った運用が求められます。
◆実施に向けて
事業主は、職務の内容や必要な能力の明確化及びその公正な評価を実施し、それに基づく待遇の体系を労使の話合いにより構築することが望ましいと考えられています。
労働者がどのような雇用形態や就業形態を選択しても、納得できる待遇を受けられるようにすることを目標にしてください。
「同一労働同一賃金」の原則を守らずに給与や待遇が定められていると、以下のような問題が生じる可能性があります。
【法的リスク】
日本では「同一労働同一賃金」の原則が、「パートタイム・有期雇用労働法」に法制化されているため、この原則に反する給与体系は法律違反となります。これにより、行政からの指導対象となったり、民事訴訟リスクが生じてきます。
例えば、「同一労働同一賃金」への対応を怠っており、労働局の調査の際に、諸手当の違いの説明ができなかったときは、非正規雇用者にも正規雇用者と同様の賃金を支払う必要があります。過去に遡って支払う破目になれば、どのぐらいの金額が必要になるでしょうか。事業所の規模にもよりますが、資金ショートという大きなリスクを引き起こしかねません。
最近の裁判事例の概要が、厚生労働省のホームページでもが紹介されています。待遇の性質、目的に照らして、合理的な取り扱いができているか判断基準にしてください。
【社会的・経営的リスク】
慢性的な人手不足の介護事業所では、「同一労働同一賃金」に対応しておかないと以下のリスクにさらされます。優秀な人材を確保し、活躍し、定着してもらうためにも、「同一労働同一賃金」への対応は必要です。処遇改善加算を利用している介護事業所なら、キャリアシートを用いて上手に説明することもできると考えています。
リスク① 従業員の不満
異なる待遇により、特に非正規雇用者の間で不満が高まる可能性があります。これは労働環境の悪化や従業員のモチベーション低下を招きます。
リスク② 人材の流出
不公平な待遇は優秀な人材の流出を引き起こす可能性があります。特に介護業界では人材不足が顕著なため、このリスクは特に重要です。
リスク③ 社会的評判の低下
現代の労働市場では、企業の社会的責任が重視されています。公正な労働環境を提供できない介護事業所は、社会的評判を損なう可能性があります。特に、近隣エリアで人材が還流する介護業界では、会社の評判が口コミで広がりやすいことも見逃せません。
リスク④生産性の低下
不公平な待遇はスタッフの生産性にも影響を及ぼす可能性があります。モチベーションの低下や職場の不和は、サービスの質にも影響を与える可能性があります。
ではこのようなリスクにどう対応していけばよいのでしょうか。 まずは、厚生労働省が作成しているチェックシートを使い、スタッフの皆さんの状況をチェックしてみてください。項目はたった7つですから、業務時間も取られません。
Office SUGIYAMA グループ代表。採用定着士、特定社会保険労務士、行政書士。1967年愛知県岡崎市生まれ。勤務先の倒産を機に宮崎県で創業。20名近くのスタッフを有し、採用定着から退職マネジメントに至るまで、日本各地の人事を一気通貫にサポートする。HRテックを精力的に推進し、クライアントのDX化支援に強みを持つ。著書は『「労務管理」の実務がまるごとわかる本(日本実業出版)』『新採用戦略ハンドブック(労働新聞社)』など