高齢者が住み慣れた地域で、可能な限り自立した生活を続けられるよう支援する上で、訪問介護事業所は欠かせない存在です。しかし、慢性的な人材不足など課題は山積し、倒産件数は過去最多を更新するなど、経営環境は厳しくなってきています。
本連載では、保険外の訪問介護・看護サービスの事業開発や普及に関わる立場から、将来にわたって必要とされる訪問介護事業について考察します。
初回となる今回は、訪問介護事業の現状と利用者のニーズに焦点を当てます。
訪問介護の人材不足は年々深刻化しています。
さらに高齢化も顕著で、公益財団法人介護労働安定センターの調査によると、訪問介護員の平均年齢は54.7歳、50歳以上の職員が6割以上を占めていることがわかっています¹。
厚生労働省のデータも訪問介護事業事業の深刻な人材不足を示しており、その求人倍率は15.53倍にのぼります²。
人材不足は、サービス提供時間の低下や、従業員一人当たりの負担増加に繋がり、さらに離職率の増加を招くことも懸念されます。
2024年度の介護報酬改定では、訪問介護の基本報酬が引き下げられました。 これは、訪問介護事業所の経営実態調査において利益率が他介護サービスと比較して多いという前提で下された決定です³。
しかし、実際には赤字の訪問介護事業所も多く、高齢者施設に併設されている事業所と居宅中心に訪問する事業所との利益構造の違いも加味されていないといった点も問題視されています⁴。また、採用コストの増加や燃料費の高騰などにより、経営状況は厳しさを増しています。東京商工リサーチの調査によると、2024年の介護事業者全体の倒産件数は173件と過去最多、中でも訪問介護事業者の倒産は81件に急増し、過去最多を更新しました⁵。
認知度の低さも、訪問介護事業の課題と考えます。 認知度が低いと、サービスの普及や人材募集の際に影響を与える可能性があります。
事業の今後を考える上では、利用者ニーズの把握も重要です。利用者にとって、訪問介護は生活の支援だけでなく、心の支えとなることも期待されています。
訪問介護サービスの利用者からは、「自分のペースで生活したい」「住み慣れた家で最期まで過ごしたい」「家族に負担をかけたくない」といった声が聞かれます。また、「介護職員とのコミュニケーションを大切にしたい」「自分の気持ちを理解してほしい」という声も多く、信頼関係の構築が重要視されていると感じます。
これまで、介護保険制度の改正によって、要介護認定の厳格化やサービス利用制限などが行われることで、必要なサービスを受けられなくなる利用者が増加しました。
例えば、2018年度の介護保険制度過去の改正では、要介護1、2の軽度者に対する訪問介護サービスの一部が、市町村が運営する「総合事業」に移行されました。 これにより、利用できるサービス内容が制限されたり、自己負担が増加したりするケースが出ています。
現代の家族形態の変化に伴い、仕事と介護を両立する「ビジネスケアラー」が増加しています。しかし、保険内サービスだけでは、彼らの多様なニーズに十分応えられないケースが少なくありません⁶。
介護休暇制度は、取得日数が限られており、急な用事や突発的な事態に対応できない場合もあります。 また、介護休業制度は、収入減やキャリアへの影響を懸念する人が多く、利用をためらうケースも少なくありません⁷。
ビジネスケアラーの増加に代表されるように、利用者や家族の状況は多様化しており、画一的なサービスでは対応できないケースが増えています。
そこで、これからは利用者一人ひとりのニーズを丁寧に汲み取り、柔軟に対応できる「かゆいところに手が届くサービス」が必要とされるのではないでしょうか。
具体的には、家事代行、ペットの世話、庭木の剪定、病院の付き添いなど、保険外サービスを含めた幅広いサービス提供体制です。
訪問介護は、超高齢社会の中で今後も重要な役割を担うサービスです。人材不足の中でサービスの質の確保もしなければならず、様々な課題を抱えていますが、利用者一人ひとりのニーズに応じた質の高いサービスを提供することで、高齢者が住み慣れた地域で安心して暮らせる社会の実現に貢献していくことが期待されます。
そのためには、ICTやAIなどの技術革新を活用したサービスの効率化・質の向上が求められるでしょう。
そして、保険外サービスとの連携により、利用者のニーズに合わせた多様なサービスを提供できる可能性も広がりつつあります。
訪問介護事業の今後を考える上で、注目したい国策は、
など様々あります。
これらの取り組みを通じて、訪問介護事業者には、高齢者・その家族がより豊かで安心した生活を送れるよう、進化していくことが期待されています。
2009年大学卒業後作業療法士として回復期病棟にてリハビリ業務に従事。大学院を経て2012年に株式会社メディカルエージェンシーを創業(取締役/リハビリメディアPOST副編集長として参画)、2016年より医療法人陽明会にて在宅緩和ケア住宅まごころの杜立ち上げを行い施設長、在宅医療連携部 部長を歴任。株式会社エスエムエスでセールス統括部事業所長を経て、現在は保険外訪問介護・看護サービスを展開するイチロウ株式会社執行役員。