介護現場で、利用者に対し、とても危ないケアをしている職員がいたとします。
当然、それを見た上司は厳しく注意指導します。
「もし怪我させたらどうするの!危ないじゃない!〇〇しないといけないよ!」と咄嗟に厳しい言い方になってしまうこともあるでしょう。そうすると、その注意指導を受けた部下が「そんなキツい言い方はパワハラじゃないですか?傷ついたので謝罪して下さい。許せません。」「労基署に相談に行きますよ!」「私は知合いに弁護士がいるので、はやく謝罪しないと弁護士をつけて裁判しますよ!」などと上司を責めて立ててくることがあります。
このような、部下から上司に対するパワーハラスメントが、今回取り上げたい「逆パワハラ」です。
最近、介護現場では「逆パワハラ」が増えています。
今回、「逆パワハラ」を取り上げたのは、「逆パワハラ」への対処方法がわからず、上司が自分の指導に自信を無くしてしまい、さらには注意指導をした部下に追い込まれ、精神疾患を発症し、休業を余儀なくされるケースが増えているからです。こうなると、組織の指揮命令系統が機能しなくなり、組織崩壊が起きてしまいます。
今や、「逆パワハラ」への対応は介護現場にとって急務なのです。
冒頭のような逆パワハラ事例が増えている原因の一つに、「パワハラ」という言葉が正しく理解されず独り歩きしてしまっている点が挙げられます。
皆様は「パワハラかどうかは、受け手がどう感じたかで決まる。被害者がパワハラと感じたらパワハラなのだ」というような言説を聞いたことはありませんか。
このような主観説が巷で横行していますが、これは誤りです。この誤解が「逆パワハラ」が起こる一つの原因です。
そもそも、「パワーハラスメント」という言葉自体、法律では使用されていません。
2020年6月1日から「パワハラ防止法」が施行された、という報道を耳にされた方も多いと思いますが(中小企業では2022年4月1日から施行)、この法律の正式名称は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(以下、「労働施策総合推進法」)であり、いわゆる「パワハラ防止義務」について定めた条文は、以下の通りです。ご覧の通り、「パワーハラスメント」という言葉が文言には出てきません。
(雇用管理上の措置等)
第30条の2事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
これだけでは、企業は何をすれば良いか分からないため、労働施策総合推進法30条の2の第3項では厚生労働大臣が必要な指針を定めると規定されています。以下、指針のURLを貼っておきますので、興味のある方は一読してみましょう。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf
この指針の中で初めて「パワーハラスメント」という言葉が出てきます。
さて、この指針では、「パワーハラスメント」をどのように規定しているか、ここが大切なポイントです。
職場におけるパワーハラスメントは、職場において行われる ①優越的な関係を背景とした言動であって、 ②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、 ③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすものをいう。 なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない。(下線は筆者による)
これを見て頂ければ、「パワーハラスメント」の定義の中に、職員の「主観」を考慮するような文言が入っていないことがわかると思います。「私がパワハラと感じたからパワハラだ」という言説は明確に誤りです。
弁護士法人かなめ代表弁護士。29歳で法律事務所を設立。 現在、大阪、東京、福岡に事務所を構える。顧問サービス『かなめねっと』は35都道府県に普及中。 福祉特化型弁護士。特化している分野は、介護事業所・障害事業所・幼保事業所に対するリーガルサポート、労働トラブル対応、行政対応、経営者支援。 無料で誰も学べる環境を作るためYouTubeチャンネル『弁護士法人かなめ - 公式YouTubeチャンネル』を運営中。https://www.youtube.com/@kaname-law テキストで学びたい人向けに法律メディアサイト『かなめ介護研究会』も運営中。 https://kaname-law.com/care-media/