深刻な人材不足が今、介護事業の持続可能性を揺るがしています。
従来の経営手法では対応しきれないこの課題に対し、一人のマネージャーによる複数拠点の管理を進めたり、地域で人材をシェアリングしたりといった新たなアプローチが注目されています。
本稿では、こうした手法について、具体的な事例や注意点を交えながら掘り下げます。
人材不足を克服し、現場負担を軽減しながら質の高いサービスを維持していくためのヒントを探りましょう。
「2025年問題」。長らく未来の課題を指す言葉でしたが、ついにその時が到来しました。高齢者人口のピークは2040年まで続くため、人材不足の深刻化は避けられません。
この課題への対策の一つとして、複数拠点を兼務する管理者の活用が注目されています。
複数拠点の管理には、広い視野と柔軟な適応力が不可欠です。各施設の文化や特性、利用者のニーズを的確に把握し、それに応じた人材配置や業務調整を行う能力が求められます。例えば、地域に密着したアプローチを重視する施設と、専門性の高いケアの提供を強みとしている施設では運営方針が異なり、それぞれに適した対応が必要です。
優れた管理者の確保や育成のハードルは低くありませんが、今後ますます人材確保が難しくなることを考えると、拠点ごとに管理者を配置するのは現実的ではありません。限られた優秀な管理者を複数拠点で活用できれば、事業者にとって有力な対策となります。
さらに、優秀な管理者が複数の拠点を統括することで、法人全体のサービス品質向上や職員満足度の向上も期待できます。
複数拠点に管理者を置く場合、起こりやすいのが“居所不明”の問題です。
現場の職員にとって、管理者には常にそばにいてほしい存在です。しかし、複数拠点を兼務する管理者は一つの施設に滞在できる時間が短くなります。
しかし、ここで重要なのは、「管理者が近くにいるかどうか」ではなく、「現場で発生する課題に迅速に対応できるかどうか」です。管理者の所在が分からず、必要な判断が遅れてしまえば、現場の不満や混乱が生じるリスクがあります。
この問題を解決し、円滑な運営を実現するためには、ICTを活用した遠隔管理システムの導入が不可欠です。特に、各拠点の状況をリアルタイムで把握し、素早い意思決定を支援する仕組みは、多拠点運営における大きな強みとなります。
例えば、クラウド型カメラを活用すれば、遠隔地からでも施設の状況を把握できます。また、「Zoom」などのオンライン会議ツールを使えば、現場とのコミュニケーションをスムーズに保つことが可能です。さらに、シフト作成を自動で行うシステムを導入するなど、管理業務はツールの導入で負担を大幅に軽減できます。業務効率の向上だけでなく、運営の透明性確保という面からもぜひ、取り入れてみてください。
また、今後は、AIとの連携も期待したいところです。AIを活用したデータ分析により、施設ごとの最適な人材配置や運営プランを自動提案できる仕組みが実現すれば、管理者の負担軽減だけでなく、サービスの質の向上にもつながるでしょう。
ICTによる遠隔管理システムを整えておくことは、人材不足という業界の構造的課題に対する有効な手段でもあり、多拠点を運営するための基盤です。
とはいえ、中小規模の事業所には導入コストやITスキルの獲得が課題になる場合もあります。そうした場合は、「地域医療介護総合確保基金」などの補助金制度の活用も検討してください。
人材不足への対策として次に紹介したいのが、地域での「人材シェアリング」です。
介護事業所や社会福祉法人が連携するなどして、必要に応じた人材の相互派遣を行うことで、事業所ごとの負担を軽減できます。
自治体と民間が協働した取り組みも増えています。例えば、浜松市による介護ワークシェアリングサービスの実証実験や、北九州市による「介護シェアリング都市」のモデルづくりなどです。
これらの事例では、地域全体で人材を融通し合うことで、介護サービスの提供体制を維持しようとしています。さらに、職員自身も異なる現場で経験を積むことでスキルアップが図れます。
さらに2022年に始まった「社会福祉連携推進法人」制度の活用も少しずつ進んでいます。この制度では、社会福祉法人を軸とした複数の法人が連携して業務や人材を共有することで、運営の効率化や採用力の強化を図ります。
例えば、社会福祉連携推進法人リガーレ(京都府)は、5つの社会福祉法人の連携によって、高齢化が進む地域で持続可能な介護サービスの提供を目指しています。
連携の内容は、地域密着型の小規模法人が協力し、人材の育成や共有、経営基盤の強化を進めるというもので、先進的なモデルケースとして注目されています。
また、連携推進法人とは違う他社連携の取り組みも生まれています。
大阪府内で展開する4つの社会福祉法人が連携して一般社団法人を設立し、共同で新卒採用を行う「フクスタ」という取り組みでは、合同イベントや広報活動を通じて介護・福祉業界全体への関心を高め、効果的な人材確保につなげています。
ただし、複数法人間での人材のやり取りには課題や注意点もあります。まず、派遣元と派遣先の間で業務内容や責任範囲を明確にしなければなりません。また、派遣される職員には短期間での適応力や柔軟性が求められます。加えて、受け入れ施設側でも短期間で実務に慣れてもらうための研修やマニュアル、業務の切り出しが必要です。
地域連携による人材不足への対応としては、急な欠勤や災害時にも対応できるよう「人材プール制度」の構築も進められています。これは、地域内の介護事業所や法人が協力し、緊急時に派遣可能な職員を確保する仕組みです。
例えば、社会福祉連携推進法人「一五戸共栄会」では、北海道、東京、岐阜に拠点を持つ3つの社会福祉法人が連携し、災害時に相互支援を行う体制を整えています。地理的に分散していることで、一斉に被災するリスクを回避しながら、必要に応じて職員を派遣し合うことが可能になります。
事業者が比較的取り入れやすい対策として、シニア層や外国人人材の活用にも触れておきましょう。
シニア層の強みは、豊富な経験を生かして利用者との信頼関係構築に貢献できる点にあります。長期的に活躍できる環境を整えるには、短時間勤務や軽作業中心の業務設計がポイントです。体力面への配慮だけでなく、新しい技術や業務プロセスへ適応するサポートも求められます。
また、2019年に創設された「特定技能制度」により、外国人材の受け入れも拡大しています。言語や文化の違いを乗り越えるため、日本語教育や異文化理解研修を導入するほか自動翻訳アプリやメンター制度を活用し、スムーズな職場適応を支援する取り組みがみられます。
人材の多様化という面では、柔軟な勤務体制も重要です。
フレックスタイム制を導入すれば、育児・介護との両立がしやすくなり、離職率の低下が期待できます。
さらに、管理業務やケアプラン作成にはテレワークの活用も可能で、2024年の介護報酬改定でも在宅勤務の一部が認められています。ただし、こうした取り組みを進めるにあたってはシフト調整の複雑化や公平性の確保が課題となるため、やはりシフト管理ツールやAIを活用し、可視化を進めることが求められます。
これからの介護事業者には、多様な人材と働き方を組み合わせた柔軟な運営が求められます。地域や法人を超えた協力を視野に入れ、積極的なチャレンジを続けましょう。それこそが生き残りの鍵と言えます。
*前回はスポット採用の可能性について取り上げています
神奈川県横浜市出身。24歳で整体院を起業し、多くの患者さんの治療に携わる。その後、未知の分野にチャレンジするため、旅行リハに特化した介護事業者に入社。 100名を超える高齢者との団体旅行を企画・実施したほか保育園や飲食店の新規事業開発も経験する。現在は株式会社スターコンサルティンググループに所属する経営コンサルタントとして、業務効率化・DX化を軸に「人気の介護施設づくり」を積極的に支援している。令和元年度:厚労省老健事業「要介護者に対する旅行支援の在り方検討委員会」委員メンバー。 令和2年度「共創型サービスIT連携支援事業」コンソーシアムプロジェクトマネージャー。