前回、訪問看護ステーションを立ち上げ、安定運営できるようになった後の戦略として、事業規模を拡大せず現状維持を選択する場合について説明しました。
今回は、規模拡大を目指す場合の戦略や考え方、組織づくりについて考えてまいります。
まずは、“規模拡大”といってもどのような状態を目指すのか定義する必要があります。「1ステーションに所属する看護師数を20人、30人と増やしていく」のか、「1ステーションに所属する看護師人数は2.5〜10人程度までに留めて、店舗数を増やしていくのか」等、自社が目指す“規模拡大”の定義をしましょう。
経営支援をする立場として、訪問看護事業の「規模拡大をしたい」とご相談をいただくことがよくあります。しかし、詳しくお話を伺ってみるとそのイメージは漠然としており、具体的なイメージを持っていない経営者さんも多くいらっしゃいます。
こうした場合は、会社として“規模拡大”を目指すと打ち出しても社員の間で認識が異なってしまい、その結果足並みが揃わず運営が上手くいかないということもあります。
助言させていただく際には、「まず規模拡大の定義をして、社内でその定義を共有することから始めましょう」とお伝えしています。
それでは、規模拡大の定義ができたら次には具体的に何を考えるべきでしょうか。
1店舗に配置する職員数を増やしていく方針をとる場合、管理すべき人員数が増えるに伴い求められるマネジメントも変化していきます。経営者として、ステーションの成長段階に合わせたフォローや仕組みづくりが必要です。
多くの管理者さんや経営者さんからの話では、大まかに8人前後、20人前後で乗り越えるべきステップがあるように感じます。
それぞれのステップでマネジメントが上手くいかなくなってしまった事例の多くでは、情報のやり取りに支障が出ていることが分かります。管理者がマネジメントする職員数が7人程度までの時期は、職員の状況や利用者の状況を全て集約して管理者一人で判断を下すことが可能です。
この時期までは、管理者がサービス開始時に訪問に入るだけでなく定期的に利用者のケアに入るなどすることも多いようです。
しかし、職員数が8人を超えてくると管理者に情報が集まりにくくなってきます。この頃には利用者数も増え、管理者が全ての利用者に定期訪問することや、職員から利用者一人一人に提供する具体的なケアについて相談にのることが難しくなってくると聞きます。
この段階から次の段階に進むには、管理者と現場職員の間にリーダー等のポジションを置いて階層を増やす必要があります。
管理者の役割を全体を俯瞰して把握する立場に移行していきましょう。定期訪問を入れるのではなく、急な職員の休みや緊急時の対応といったサポート役へのシフトが求められます。現場で看護を行うことで能力を発揮し、やりがいを感じ、スタッフのマイクロマネジメントをしてきた管理者の場合、このような変化に戸惑いうまく順応できないことがあります。
20人以上の規模になると管理者はさらに現場から遠のき、業務のうち、採用や新規依頼のための外部発信の比重が増えてきます。
ただ、私の感覚としては、20人以上になると1店舗の職員数を増やすことは難しいのでは無いでしょうか。職員が増えるということは利用者数も増やすということです。
しかし、事業所周囲の利用者数にはいくら掘り起こしをしても上限があります。また、利用者数が増加すると自然と訪問エリアも広がります。するとその分移動時間が増え、訪問効率が悪くなってきます。
こうした背景から、このくらいの規模以上になるとサテライトや新店舗の出店という選択が出てきます。
管理者に恵まれ1店舗が大規模化したとして、次の出店以降も大規模店を多店舗展開していくのは難しいでしょう。繰り返しになりますがステーションの規模拡大に伴い、管理者も役割の変化に応じた成長が必要になるためです。一人の管理者がその過程を乗り越えた、もしくはステージごとに必要な素質を持つ管理者の採用ができても、それを多数の店舗で再現するのは難しいためです。
かといって、最初から大規模店舗を出店するのは黒字化までという年単位での資金的な余裕が必要ですので、こちらも一般的に難しいでしょう。
1店舗あたりの職員数を2.5〜10人程度にとどめて店舗数を増やす方針の場合、出店戦略、採用、管理者育成が鍵になります。
出店戦略は各社の方針によって異なりますが、大きく2つのタイプがあるように感じます。
一つ目は既存店舗の近隣に新規店舗を出店していき徐々にエリアを拡大していく戦略です。この戦略のメリットは、既存職員や利用者、連携先をそのまま新店舗に移行できるため、店舗立ち上げがスムーズという点です。このほか、近隣ステーションで職員の急な休職・退職があっても人事異動ができること、既存店の利用者数や地域の潜在利用者数等の数字から出店計画を立てていくことが容易であることもメリットと言えるでしょう。反面、デメリットとしては既存店と新店で利用者の取り合いになってしまう可能性が指摘できます。
二つ目の戦略は既存店とは全く関係無い場所への出店です。M&Aで会社を買った、良い看護管理者が見つかったためその場所で出店するときっかけが多いようです。後者にはフランチャイズ展開を含みます。
この戦略のメリットとデメリットは、前述の既存店舗の近隣に新規店舗を出店していく戦略の逆になります。
1つのステーションの規模拡大を目指す場合、あるいは出店数を増やす場合。
いずれにせよ重要なのは、経営者が適切に権限委譲をして組織としての管理体制を築いていくことです。ステーションに所属する職員数が増えた時でも、店舗数が増えるときでも、経営者と現場との接点は徐々に減っていきます。そうなると、それまでのように自分がステーションの全てを把握して、細かなことまで判断するのは難しくなっていきます。
寂しさや不安もあるとは思いますが、職員を信頼して、自分が抱え込んでいる仕事を少しずつ手放しながら経営者が成長できるかどうかによって、会社の成長が決まります。もちろん、会社としてどの成長段階であっても方針転換することは可能です。ただ、経営者の迷いは社員にも伝わります。規模が大きくなればなる程、従業員や利用者、連携機関等の影響を受ける人の数も増えていきます。
訪問看護ステーションを立ち上げ、安定した運営が叶ったときこそ「現状を維持するのか、規模拡大を目指すのか」どちらの方針をとって会社のその後の歩みを進めるのか―。経営者として決断する必要があります。
(つるがやまさこ)合同会社manabico代表。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修等の仕組みづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。 【合同会社manabico HP】https://manabico.com※プロフィールは記事配信当時の情報です