放課後等デイサービスコンサルタントの松本太一です。この事業にこれから参入される方を主な対象に、これまで運営のポイントを解説してきましたが、いよいよ今回が最終回となります。
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今回は、放デイ運営の最大の課題である「人手不足」について、その原因と対策をお伝えします。この問題を解決していけるかどうかが、放デイ運営の成否を決めると行っても言い過ぎではないでしょう。
私はこれまで放課後等デイサービスコンサルタントとして、全国各地100カ所を超える事業所の運営をお手伝いしてきました。
その中でわかってきたことは、利用児の不足より、スタッフの不足に頭を悩ませている経営者のほうが圧倒的に多いということです。 さらに言えば、採用難よりも、「離職を止められない」ことに悩んでいることが多いようです。 せっかくスタッフを採用しても、数カ月から半年程度で離職してしまうということは、この業界では珍しくありません。
開業当初から1年経った頃には、設立時のメンバーが1人も残っていない事業所もあります。
特に深刻なのは児童発達支援管理責任者(児発管)の離職で、仮に後任が見つからなかった場合、最大で報酬が50%減算になるため、事実上運営は不可能になります。
スタッフが離職に至る理由として、会社との価値観の違いや人間関係などは、ほかの業界と同様です。以下、特に放デイに多いケースをご紹介しましょう。
「日曜日は休ませてもらう条件で入職したが、働き始めると日曜出勤を求められた」 「子育て中なので残業しない条件で入職したが、実際は残業を求められた」 「自宅から近い場所で働ける条件だったが、遠方の事業所に転勤になった」 といったように、面接時に合意した内容を会社側が守らないことがスタッフの不満となって離職に至るケースです。
こうしたことが起きてしまう原因は主に2つあります。
1つは採用を焦るあまり、面接にきた候補者の提示した条件が実現可能かしっかり検討しないまま採用してしまうことです。
もう1つは、他のスタッフの突然の離職により、そのままでは事業所を存続させることができない状態に陥ることで、残ったスタッフに最初の条件を無視した働き方を求めざるを得なくなるというケースです。
こちらは、児発管の退職理由としてありがちです。前任の児発管が本来在職中に作成すべきだった個別支援計画を未作成のまま退職し、経営者が後任の児発管にその作成を丸投げしてしまった結果、会社への不信感を募らせてしまうというパターンです。
後任の児発管が再び短期で離職してしまい、現場が大混乱に陥ってしまいます。
ここに挙げた2つのケースには共通点があります。スタッフの突然の離職により、当初の経営計画が狂い、今いるスタッフに過剰な負担がかかり、それがさらなる離職を呼ぶという悪循環に陥ってしまっていることです。こうした悪循環を防ぐためには、経営者は早い段階からスタッフの離職防止を意識して事業所を運営する必要があります。
私がコンサルティングさせていただいている事業所の中には、スタッフがほとんど離職していないところも複数あります。
その中の1つは、管理職含め正社員が7年以上1人もやめていません。この法人の経営者に「経営者としてどこに一番時間を使っていますか?」とお聞きしたところ「部下とのコミュニケーションです」という答えが返ってきました。
この法人だけでなく、離職が少ない法人の経営者はスタッフとのコミュニケーションを重視している傾向があります。 離職に悩んでいる経営者にこの話をすると、「私も部下とコミュニケーションしています。何回も繰り返して理念やルールを伝えています。でも、ちっとも言う事を聞かないんです」といった答えが返ってくる場合が多いです。
しかし、これでは、一方的に自分の伝えたいことを伝えているだけで、スタッフ側の言い分をほとんど聞けていません。一方的なコミュニケーションになってしまっているのです。 こうしたケースにおいてスタッフ側の話を聞くと、先に挙げたように「雇用条件を一方的に変更された」とか、「前任者の業務を押し付けられた」といった理由で経営者に不信感を持っており、すでにその是正を経営者に訴えている場合も往々にしてあります。そして、「社長が話を聞いてくれない」と嘆かれるのです。
経営者とスタッフがお互いの話を聞かないまま一方的に主張を繰り返せば、関係の破綻、すなわちスタッフの離職という結果が待っているだけです。
このような状態になりかけているなら、経営者からまず一歩歩み寄ってスタッフの話をじっくり聞く必要があります。 そのことを経営者に話すと「スタッフの言うことをなんでも受け入れろ、ということですか」という怒りを交えた反論がしばしば返って来ます。
そうではなく、双方向のコミュニケーションを行う姿勢を、経営者がまず示す必要があるということです。 具体的には、経営者とスタッフそれぞれが、お互いが何を相手に求めているのか、またお互いの認識のどこにズレが生まれているのかについて、まずは「共通認識を持とう」とする姿勢を見せることです。それが具体的な行動としては、「スタッフの話をじっくり聞く」ということになります。
そして、経営者として意見を述べたうえで、まずは「お互いが求める条件のどこにズレが生じているのか」について、共通認識を持つことを話し合いのゴールにします。 このやりとりをする過程で、お互いの誤解が解けたり、労働条件のすり合わせができたりすることで離職を防げるケースがかなりあります。もし条件が折り合わず離職するとしても、お互いの納得感が残るので、突然の離職や大きなトラブルには発展しにくいのです。
少子高齢化により、人材不足は今後ますます深刻化していくことが予想されます。また放課後等デイサービスが行う発達支援という仕事は、人と人とが関わるものであり、マニュアル通りの対応が難しく、AIやロボティクスの進化による解消は難しいと考えています。
そのような状況の中で、経営者にとって最大の役割は、優れたスタッフを採用し、その人が長く働いていけるような組織を作ることではないでしょうか。サービスを利用するお子さんに質の高い支援を提供できるかどうか、結果として多くのお子さんに事業所を利用してもらえるかも、その結果次第だと考えています。
今回のコラムが、そうした組織づくりの一助になれば幸いです。
2009年大学卒業後作業療法士として回復期病棟にてリハビリ業務に従事。大学院を経て2012年に株式会社メディカルエージェンシーを創業(取締役/リハビリメディアPOST副編集長として参画)、2016年より医療法人陽明会にて在宅緩和ケア住宅まごころの杜立ち上げを行い施設長、在宅医療連携部 部長を歴任。株式会社エスエムエスでセールス統括部事業所長を経て、現在は保険外訪問介護・看護サービスを展開するイチロウ株式会社執行役員。