北九州市は全国に先駆け、介護ロボット等の導入を前提とした先進的介護のモデルづくりに動き、その集大成として「北九州モデル」を完成させました。モデルの活用により、職員の全業務時間を35%削減できたほか、利用者さんとの会話など直接介護の時間を2割増やすなどサービスの質向上も実証しています。本連載の最終回となる今回は、北九州市介護ロボット等導入支援・普及促進センター長の樽本洋平さんに取材。前半では同モデルの実証と成果を紹介しつつ、後半は実践編として、介護DXで失敗しないための4つのポイントについて解説します。
北九州市は2016年から介護ロボット等を活用した先進的介護の実現に向け、実証事業に取り組んできました。その理由は明快。15年における高齢化率は実に29.3%と、政令指定都市の中でも最も高齢化が進んでいたからです。
この課題に向き合うため規制緩和の突破口である国家戦略特区制度の認定を受け、同市は「高齢者の活躍や介護サービスの充実による人口減少・高齢化社会への対応」に取り組み始めます。このうちのテーマの一つが「介護ロボット等を活用した先進的介護の実証実装」で、特区を活用した先進的介護の実証実装は全国で初の試みでした。
現在、北九州市介護ロボット等導入支援・普及促進センターでセンター長を務める樽本さんは16年の事業スタート時点から、理学療法士のバックグラウンドを生かし、事業に参画してきました。
北九州モデルの構築・普及までの歩み 2016 介護作業の課題の洗い出し、見える化 2017 介護ロボット等の導入・実証 2018 北九州モデルの仮説づくり 2019 北九州モデルの実証 2020 北九州モデルの普及
「スタート時は、まず課題を洗い出そうということで、直接介護と間接介護の切り分けや、ICT化が可能な作業を見極め、可視化する作業を進めました。その上で、17年から、5つの施設(いずれも特養)を公募で決め、複数の介護ロボット・ICT機器を各施設に導入して、どのような効果が出るのか、どうしたら効果を出しやすいのか、実証を行いました」。
翌18年はこれを踏まえた北九州モデルの仮説を作り、19年には仮説の検証のために、1つのユニット型特養を選定。見守り(映像による予測型見守りシステム/バイタルセンサーの2種、全室に各1台)・記録(介護ソフト、1ユニットに1セット・端末は1人1台)・情報共有(インカム、施設全体で10台)・移乗(移乗介助アシストロボット(2ユニットに1台)・浴室リフト(4ユニットに3台))の介護ロボット・ICT機器の導入のみならず、高齢職員の配置見直し、間接介護のアウトソーシングなどまでフルパッケージ化したモデルを実証した上で、生産性を高める働き方と弾力的な人員配置を包含する業務改善方法「北九州モデル」を確立したのです。
【画像】北九州モデルのイメージ:資料出典(北九州市)を基に編集部で作成
北九州モデルでは一体どんな手順で介護ロボット等を導入していくのでしょうか。樽本さんは、その実践プロセスとして、「Step1:業務仕分け」、「Step2:ICT・介護ロボット等の導入」、「Step3:業務オペレーションの整理」という3段階のステップを踏むことが大きな特徴だと説明します。
「Step1では、準備を含めて1カ月ほどかけて介護施設の負担を見える化し、直接介護と間接介護などを分解し、ICT化できる攻めどころを探します。Step2では、1を踏まえ設定された目標に対し、どんな利用者・業務に機器を選定するのかなどを検討。さらにStep3では、誰が何を行うのか、業務オペレーションの見直しについて、アウトソーシングも含めてアドバイスしていきます。Step2・3で3カ月ほどかけるのを目安としていますが、施設によっては半年かかる場合もあります」。
北九州モデルを活用することで介護の様々な業務を効率化させ、職員の身体的・精神的・時間的な“ゆとり”を生み出し、介護の質の向上と職場環境の改善を目指すことが大きな目標。“時間を生み出す介護”の実現が、このモデルの最大のメリットだと言います。
実際、19年の実証で、地域密着型の特養29床とショートステイ10床の39床でまるまる2日、全職員の時間の使い方の変化を検証したところ、業務時間が総量で35%削減できました。それまで、2対1だった人員配置は、2.87対1になるなど、およそ1.4倍の生産性向上効果も。一方で、利用者の生活の質(QOL)、精神的健康状態には変化がなく、ケアの質は低下しなかったことも確認されています。
「映像による見守りだけではなく、コストはかかりますが、心拍数や呼吸数などバイタルデータをモニターできる機器も併用することで、特に、夜勤帯の人による見守り時間は約62%と大幅に短縮できました。間接介護を削減できた分、直接介護の時間を2割程増やせています。職員の身体的精神的負担を減らしつつ、安全性やコミュニケーションの観点から介護の質を向上できたと評価しています」。
記録時間はおよそ半減に。スマホで記録できるタイプの介護ソフトを導入し、利用者さんと話しながら、見守りもしつつ、記録もできる、いわゆる“ながら記録”ができるようになったためです。
導入した施設からは、「業務が軽減したことで気持ちが利用者のケアに集中できて、1日を丁寧に過ごすことができるようになったという職員が増えた」、「新しいことに取り組んだことで現場の士気が上がり、チームワークが向上した」といった声が届いています。
こうした実証を踏まえ、21年4月には北九州モデルの普及を目的に、同センターが開設されました。自らもアドバイザーとして、介護ロボット等の導入支援に奔走する樽本さんですが、様々な支援事例を通して気づいた、介護DXを失敗させないためのチェックポイントがあると指摘します。ここからは実践編として、4つのチェックポイントを紹介していきます。
(しんむら・なおこ)一般社団法人ハイジアコミュニケーション代表理事・理事長。公衆衛生学修士。医療健康ジャーナリスト。慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員。日経BP社に長く勤務し、シニア女性誌を発行する出版社ハルメクを経て、2020年4月から現職。ヘルスケア領域を中心に各種コンテンツの企画構成・取材・執筆を行いつつ、ハイジアとしては研究機関や大学の研究支援活動の一環として、コホート調査の運営なども請け負う。