令和3年度の介護報酬改定では、全ての介護事業者を対象にBCP(業務継続計画)の策定が義務付けられました。もっとも、BCPの策定には時間が要することを考慮し、3年間の経過措置が設けられ、完全義務化は2024年度からです。
本稿では、BCPを策定することにより、介護事業者の負う法的責任にどのような影響が出るのか、見落とされがちな個人情報管理の問題、そして、如何に実践研修が大切かについて説明したいと思います。時節柄、新型コロナウイルスに関するBCPに限定して本稿を記載します。
なお、現在、BCPの重要性や具体的な作成の仕方等については、様々な専門家が論考を出しています。それぞれが非常に重要であり、示唆に富むものばかりですので、それらの論考も併せてご覧頂ければと思います。
改めて、BCPとは、Business Continuity Planの略称で、業務継続計画と訳されます。
厚生労働省老健局が『介護施設・事業所における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン』を公表しており、これに基づきBCPを作成されている介護事業者が多いと思います。
介護事業における新型コロナウイルス感染症発生時のBCPの最大の特徴は、原則として、事業の中断が想定されていない点です。
これと対比をするため、まずは大規模な災害が発生した場合のBCPを想定してみましょう。
例えば、東日本大震災のような大規模且つ広範囲に亘る災害が発生した場合、ありとあらゆるインフラが停止し、介護事業も停止を余儀なくされます。『自助・共助・公助』という言葉がありますが、行政の職員も等しく被災者になるからです。そのため、大規模な災害が発生した場合のBCPは、「ストップした事業を如何に迅速に再開するか」が焦点となります。
これに対して、新型コロナウイルス感染症発生時は、感染者が発生したからといって、直ちに事業が停止する訳ではありません。むしろ、ゾーニングの実施、消毒・清掃等の実施、保健所との連携等々、通常時よりも業務量が急増します。そうすると、新型コロナウイルス感染症発症時のBCPは、「如何にヒトのやりくりをするか」が焦点となります。
BCPをどのように策定して良いか分からない、と悩んでいる介護事業者もあると思いますが、筆者としては、厚生労働省老健局が公表している業務継続ガイドラインに基づいて、ひとまず自力で一通り作成していくべきだと思います。その作業を通じて各事業所に特有の問題点、足りていない点を洗い出し、ブラッシュアップしていくことが肝要です。
【とある介護事業者から寄せられた法律相談内容】
BCP策定が完全義務化になる2024年度を過ぎた後においても、BCPを策定していなかったような状況で、新型コロナウイルス感染症に罹患した利用者や職員が死亡したような場合、介護事業者が訴えられると、敗訴するリスクは高くなるのでしょうか。
『ついに発生した新型コロナ感染症訴訟』で記載したとおり、介護事業者は、介護利用契約上、利用者の生命、身体、健康を危険から保護するよう配慮する義務、すなわち安全配慮義務を負っています。安全配慮義務を尽くしている中で発生した介護事故に関しては、介護事業者は損害賠償責任を負いませんが、安全配慮義務を尽くしたと言えないような場合には損害賠償責任を負うことになります。
また、介護事業者は、そこで働く職員に対しても、当該職員の生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務、すなわち安全配慮義務を負っています(労働契約法第5条)。
BCPの策定の目的は、利用者の安全確保、職員の安全確保を図りながらサービスの継続を実施していくことにあります。したがって、BCPを策定している介護事業所と比較して、BCPの策定を怠っている介護事業所において、例えばクラスターが発生し、利用者や職員が死亡したような場合には、介護事業所が安全配慮義務違反を負う可能性が格段に大きくなると考えられます。
これに加え、もし、クラスターの発生により大切な家族を亡くした方が、介護事業所がBCPの策定をしていなかったことを知った場合、「BCPを作成してなかったから、このような事態になったのではないか」と考え、憤慨されることは容易に想像されるところです。BCPの策定が無いということは、当然、それに基づく職員研修の実施も無い訳ですから、職員の対応も杜撰なものにならざるを得ないでしょう。この結果、有事の際に、感情的な対立が多方面で発生することが予想されます。
BCP策定を怠った場合、法的責任のみならず、道義的責任、社会的な責任を追及されることになり、介護事業者としてはその対応に追われ、苦悩することになるでしょう。
『介護施設・事業所における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン』は、筆者としては非常によく出来ていると思います。もっとも、BCPを一通り策定したとしても、想定外の問題が生じることがあります。筆者が、新型コロナウイルス感染症に関して、BCPに関わる大きな
問題だと感じたのは、個人情報の漏洩の問題です。自治体が公表している新型コロナ感染者の個人情報の流出事例を一部紹介します。
例えば、2020年5月に、愛知県が、感染者495人分の個人情報を含む新型コロナウイルス感染事例の一覧表をWebサイトに掲載する、という事件がありました。他にも、福岡県では、クラウド上で共有していた新型コロナウイルス感染者9500人分の個人情報を載せたファイルが第三者に閲覧できる状態になっていたという事件がありました。他にも枚挙にいとまが無いほど個人情報漏洩に関するトラブルが頻発しています。
特に、新型コロナウイルス感染症というセンシティブな個人情報が流出した、となると、被害者感情も大きくなりますし、その介護事業者に対する社会的な信用は著しく低下します。
ここでは、詳しく説明しませんが、個人情報漏洩が発覚した場合は、介護事業者は、事業者内部における報告及び被害の拡大防止、事実関係の調査及び原因の究明、影響範囲の特定、再発防止策の検討及び実施、影響を受ける可能性のある本人への連絡、事実関係及び再発防止策等の公表、といった対応を迫られることにあります。加えて、場合によっては、個人情報保護委員会等への報告を行うケースもあります。
利用者が、新型コロナウイルス感染症に罹患した場合、これはまさに策定したBCPに則って、『ヒトのやりくり』を行い、業務を継続していく局面です。このような場面で、個人情報が漏洩してしまい、上記のような対応に追われてしまうと、『ヒトのやりくり』などできるでしょうか。答えは、否、です。個人情報漏洩対応に追われてしまうことで、利用者の安全確保や職員の安全確保を図りながらサービスの継続を実施していくことは不可能になります。
弁護士法人かなめ代表弁護士。1986年生奈良県出身。29歳で法律事務所を設立。介護特化型弁護士。特化している分野は、介護事業所に対するリーガルサポート、労働トラブル対応、介護経営者支援。 無料で誰も学べる環境を作るためYouTubeチャンネル『弁護士畑山浩俊の介護保育研究所』も運営中。 https://www.youtube.com/channel/UCpj-I5JN_ALi-5deMSiOj0g 【弁護士法人かなめHP】 https://kaname-law.com/