介護事故の発生後にご用心!裁判官や弁護士が突然事業所に乗り込んでくる?「証拠保全手続き」解説

2021.04.30
2024.10.07
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目次
    1.証拠保全とは何か
      2.水面下で進む手続き
        3.予期せぬ事態に職員が疲弊する?
          4.顧問弁護士との連携の重要性

            1.証拠保全とは何か

            <ケース>

            とある特別養護老人ホームでの出来事。時刻は午前11時。

            ―ピンポーン

            「はーい。どちら様でしょうか。」

            「こちら、〇〇裁判所の執行官の〇〇です。証拠保全に関する書類を送達しに参りました」

            「え!さ、裁判所の方ですか。少々お待ち下さい」

            突然の事態に困惑した事務員は、すぐさま施設長を呼びに行った。

            急いで駆け付けた施設長に、執行官は、「本日の午後1時頃に、裁判官と証拠保全を申し立てた弁護士が、一緒にこちらの施設に来ますので、ご対応をお願いします。」と告げた。

            何が起こったのか理解ができない施設長は、執行官に「どういうことでしょうか。証拠保全とは何をするのでしょうか。」と慌てて質問したが、執行官は施設長に書類を渡し、「こちらの書類一式に目を通して下さい。」と回答しただけで、それ以上何も説明せずに帰ってしまった。

            『あと2時間後に、裁判官と弁護士がやってくる?どういうことだ?どう対応すれば良いのだろう・・・・』

            不安でいっぱいになった施設長は、とにかく渡された文書に目を通してみた。

            そこには、約半年前に発生した利用者の誤嚥事故に関し、その利用者が施設に対して損害賠償請求を予定している、といった内容が書かれており、この損害賠償請求に関する何らかの手続きのために裁判官と弁護士が来るのだということは、おぼろげながら理解できた。

            『でも、何をどのように対処すれば良いのだろう。さっぱり分からないぞ・・』

            何らの対策も思いつかないまま、午後1時を迎え、施設に裁判官と弁護士がやってきた・・・・


            皆様の事業所に、ある日突然裁判官や弁護士がやってくるかもしれない。

            実際にこんなことがあるのか、と疑問に思われた人もいるかもしれませんが、ケースで取り上げた事例は、毎年どこかの介護事業所で実際に発生している「証拠保全」という手続きです。

            どんな人であっても、知らないことに対して不安や恐怖を覚えるのは当然です。

            本稿の目的は、「知らないこと」を「知っていること」に変えることで、漠然とした不安・恐怖を克服することです。

            証拠保全手続きは、民事訴訟において、あらかじめ証拠調べをしておかなければ、その証拠を使用することが困難な事情がある場合に実施される、証拠調べ手続きです(民事訴訟法234条)。

            この定義だけではイメージが掴みづらいので、何故、このような証拠保全という制度があるのか、どのようにして準備が進むのかについて解説します。

            2.水面下で進む手続き

            <ケース>

            特別養護老人ホーム内のデイサービス内で、誤嚥事故が発生した。救急搬送したが、意識が戻らず、1週間後にお亡くなりになってしまった。

            事故発生後、施設長はご家族に真摯に謝罪したものの、ご家族との間で賠償額に関する交渉がまとまらない状況が続いた。介護事業所が入っている保険を活用しようと思っているが、保険会社から中々保険金支払いの決裁が下りず、施設長も板挟みになっているような状況だった。

            賠償額の交渉を開始してから3ヶ月経っても、ご家族との話合いは一向にまとまる気配が無く、ご家族からの連絡も途絶えてしまった。

            施設長は、「何故連絡が来なくなったのだろう」と不安な気持ちを抱きつつ、日常の業務に追われる中で、時間が過ぎていった。


            上記のように、介護事故の発生後、保険会社が保険金支払いの決裁を出してくれない、また、保険金の支払いは可能であるもののその金額がご家族の求める金額と大きく隔たりがある等を理由に、交渉が難航することを経験したことのある介護事業所も多いのではないでしょうか。

            上記のケースで、何故ご家族からの連絡が途絶えたのでしょうか。ご家族は一体、何をしているのでしょう。以下、証拠保全手続きに繋がるご家族の水面下の動きを紹介します。

            ご家族は、一向に交渉が前に進まないことに痺れを切らし、弁護士に相談することを決意します。


            <法律相談の様子>

            ご家族「先生、介護事業所が全然賠償に応じてくれないのです。誤嚥で亡くなったのは絶対に介護事業所側に責任があると思うのに、誠意が感じられません!この先どうすれば良いのでしょうか」

            弁護士「交渉がまとまらないとなると、訴訟提起するしか無いですね。しかし、民事裁判は「証拠裁判主義」と言いまして、今回の誤嚥事故について、介護事業所側に責任がある、ということを、ご家族の側が証拠に基づいて主張立証していく必要があります」

            「誤嚥事故の場合は、①本人の嚥下機能に照らして相当な形態の食事が提供されていたか、②食事中の見守りはきちんとなされていたか、③誤嚥事故発生後の救護措置は適切に行われていたか、という3つの点について、それぞれ争っていく裁判になるでしょう」

            「こちらとしては、①②③に関する証拠が必要です。利用契約書、重要事項説明書、ケース記録、アセスメントシート、職員間の申し送りノート、ヒヤリハット報告書等々、このような利用者に関する記録が必要になります」

            ご家族「先生、そんなことを言われましても・・・。家にあるのは、利用契約書とかケアプランの一部くらいで、そんな細かな資料はありません。そもそもそういった資料は介護事業所にあるのではないですか?こちらから出してくれ、なんて言っても、ここまで争いになっている状況では、捨てられたり、改ざんされたり、不利な証拠は出さないのではないでしょうか」

            弁護士「そうですね。証拠隠滅のおそれはゼロではないでしょう。実は、このようなケースに備えて、証拠保全手続きというのが準備されています。分かりやすく説明すると、証拠隠滅のおそれがある等の事情を裁判所に説明した上で、裁判官と一緒に介護事業所に行き、こちらが求める証拠の提出を求める手続きですね」

            「証拠保全手続き当日を迎えるまで、こちら側の動きは介護事業所には分かりません。水面下で準備を進めて、いきなり当日介護事業所に乗り込むというイメージです。
            相手の介護事業所に与えるインパクトは大きいですが、訴訟で戦う証拠を準備するためにはその方法を取るしか無いでしょうね。

            ご家族そんな方法があるのですね・・・。このままでは埒があかないので、証拠保全手続きを実施する方向で先生にご依頼します。よろしくお願いします。


            以上のような流れで、ご家族側は証拠保全手続きを行うことを決意します。

            通常、ご家族が証拠保全手続きという特殊な手続きを知っていることはありません。

            大抵の場合は、法律相談に行った先で、弁護士から説明を受け、初めて証拠保全という手続きを知ることになります。介護事故後、交渉していたご家族から連絡がパタッと途絶えたようなケースでは、水面下で証拠保全手続きの準備が進んでいる可能性がある、と頭の中に入れておくと良いでしょう。

            3.予期せぬ事態に職員が疲弊する?

            さて、ご家族側はこのように弁護士と証拠保全手続きの準備を進めますが、この動きは介護事業所には全く分かりません。そして、ある日突然、冒頭のケースのように執行官がやってきて、証拠保全手続きが実施されることが伝えられ、その約数時間後に裁判官と弁護士が乗り込んできます。

            筆者が代表をつとめる弁護士法人かなめでは、全国の介護事業所のクライアントから、今まで何度も証拠保全手続きに関する相談を受けてきました。その中で印象的なのは、「大抵のケースでは、職員がパニックになる」ということです。証拠保全手続きは我々弁護士にとっては何ら珍しい手続きではありませんが、介護事業所の職員からすると、生まれて初めて遭遇する異常事態です。パニックにならない方が不思議です。裁判官や弁護士に色々と質問されることに精神的に強いショックを受けて、それ日以降、体調を崩し、仕事を辞めてしまった職員もいます。

            4.顧問弁護士との連携の重要性

            筆者は、今後、介護事業所における証拠保全手続きは増加すると予想しています。

            急にやってくる裁判官や弁護士にどのように対応すれば良いのか、職員を守るためにはどうすれば良いのか、答えは、「顧問弁護士との連携」です。

            証拠保全手続きで介護事業所にやって来るのは、裁判官と弁護士という「法律のプロ」です。プロにはプロをもって対応しなければなりません。

            実は、証拠保全手続きは、「検証物目録」に記載されている証拠があるかどうかを検証する手続きであり、そこに記載されていない証拠については提出する必要はありません。

            しかし、弁護士から直接「こういった資料はありませんか。」と質問されると、全部提出しないといけない、と勘違いして、不必要な証拠まで提出してしまうケースがあります。

            また、中にはせっかく介護事業所に立ち入ることができたことをチャンスと捉えて、介護事故時に担当していた職員に対して細かくヒアリング調査を実施しようとする弁護士もいます。介護事業所の職員としては、いきなり弁護士からヒアリング調査の要望が出されると、「この要望にも応じる義務がある」と考え、言われるがままに対応してしまうこともあります。

            しかし、検証物目録に記載されていない事項については、原則として応じる必要はありません。

            介護事業所が、このような証拠保全手続きにおける基本的な対応方法について、レクチャーを受ける機会はほぼ皆無ですので、対応方法が分からなくて当たり前です。

            したがって、証拠保全手続きの実施があった場合に、即座に連絡が取れる顧問弁護士の存在が重要なのです。顧問弁護士であれば、「落ち着いて下さい。証拠保全の手続きはこのような流れです。全然怖い手続きではありません。」等、対応に関する心構えを即座に伝えることができます。これにより、パニックに陥っている現場を沈静化することが可能なのです。

            また、証拠保全手続きの実施の最中に、現場にいる弁護士から出される要望に応えて良いか、判断ができない場合であっても、顧問弁護士にその場で電話をして相談できれば、自信を持って対応することができるのです。

            本稿では、証拠保全手続きを具体的な事例を用いて解説しました。少しでもイメージを掴むことはできたでしょうか。漠然とした不安・恐怖を取り除くためには「知ること」が最も大切です。

            権利意識の高まり、スマホで容易に法律情報にアクセスできるようになった等々の複合的な理由から、利用者・ご家族との間で法的なトラブルが増加傾向にあります。介護現場で働く職員をしっかりと守る体制があるかどうか、本稿を読んで、今一度振り返って頂ければと思います。

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