兵庫・西宮病院の認知症患者転倒事故を巡る判決と介護現場への影響【畑山弁護士解説】

2023.08.21
2023.12.18
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昨年、介護・医療業界で注目を集めた判決があります。

兵庫県立西宮病院で平成28(2016)年4月2日に認知症患者の男性が廊下で転倒して重い障害を負ったことに対し、病院を運営する兵庫県に約532万円の賠償を命じたものです。

有名人によるSNSでの言及がきっかけで知った方も多いのではないでしょうか。

病院側に過失があったとする判断は、裁判所が事実関係や証拠関係を元に導き出したものですが、現場の感覚は乖離していると言えるでしょう。

この判決が下されたプロセスやその根拠について解説し、業界に与える影響などを考察します。

目次
    1.兵庫県立西宮病院で起きた転倒事故と判決に対する世間の反響
      2.転倒事故の概要―当時の病院の対応と認知症患者の男性が負った障害
      3.裁判所の判断が下されるまでのプロセス
      4.判決に対して思うこと

      1.兵庫県立西宮病院で起きた転倒事故と判決に対する世間の反響

      この判決に対しては様々な批判が出ました。

      特に介護現場・医療現場で働く職員や看護師の方々から「やってられない・・・」「裁判官は現場を全く理解していない」というような絶望感に満ちた声も数多く出ています。

      2ちゃんねる創設者で実業家のひろゆき氏が自身のツイッターで「認知症患者は、ベッドに縛り付けて動けなくするのが正解ということですね」とつづったこともあって、この判決はあっという間に世間の耳目に触れることになりました。

      どのような事案であったのか以下に解説します。

      2.転倒事故の概要―当時の病院の対応と認知症患者の男性が負った障害

      (1)転倒した男性の当時の状態

      転倒した男性は当時87歳で認知症に罹患していました。認知症の中でも前頭側頭型認知症と診断されていました。前頭側頭型認知症の特徴は抑制が効かなくなる、同じことを繰り返すなどといった症状がみられることです。実際、この男性も情緒不安定になっていたほか、生活は昼夜逆転しており、大声を出す、ひどい物忘れがあるなど、感情の不安定や易怒性があることが指摘されていました。ただ、自立歩行は可能な患者だったようです。これらの事実だけでも、介護困難な患者であったことが容易に想像できます。

      離床を検知して知らせるキャッチセンサーが鳴り、ナースステーションから看護師が向かうと、男性は看護師の制止を聞かずに叫び、ふらつきながらも素早く起き上がろうとすることもあったようです。また、既に起き上がっている状態であることもあったので、病院側は転倒転落のリスクが高いと判断し、家族の了解を得て体幹ベルトを使用していました。

      (2)転倒事故の発生

      このような状況の中で転倒事故が発生します。

      平成28年4月2日午前5時頃、男性はベッドから起き上がろうとしたためキャッチセンサーが鳴りました。看護師がすぐに病室へ向かったところ男性は「トイレに行く」と尿意を伝えます。先ほどもトイレに行ったことを伝えたのですが男性は言うことを聞かなかったため、看護師は体幹ベルトを外し、男性を誘導し、男性が便座に座ったことを確認してからトイレの扉を閉めました。その後、別室患者からのナースコールが鳴ったので、その看護師は別室に移動し別室患者の排便介助を行いました。その間に男性はトイレから出て病室前の廊下へ移動し、仰向けに転倒してしまったのです。この転倒事故が原因で男性は両上下肢機能全廃という後遺障害を負いました。

      3.裁判所の判断が下されるまでのプロセス

      裁判所の判断が下されるまでのプロセスを見ていきましょう。

      (1)損害賠償責任が認められるための要件

      損害賠償責任が認められるためには、

      ①過失②過失と結果との間に因果関係があること③損害が発生していることの3つを満たすことが必要です。当然、転倒事故の裁判では、争う原告側は、「病院側に過失がある」と主張することになります。

      ここで重要になるのは①過失です。過失はさらに2つに分解されます。

       

      【過失は2つの要件に分解される】
      ア 結果を予見する可能性と結果を予見する義務
      イ 結果を回避できる可能性と結果を回避する義務

      (2)裁判所の判断

      ア 結果を予見する可能性と結果を予見する義務について
      裁判所は、転倒した男性が入院する前の状況や入院後の状況からすると、この男性をトイレ内に放置し、他の患者の元へ行けば、便座から勝手に立ち上がりトイレから歩いて出ようとして転倒するおそれが高いことは十分に予見できたと認定しています。

      イ 結果を回避できる可能性と結果を回避する義務について
      裁判所は以下のとおり結果回避義務違反を認定しました。  

      本件病室内のトイレの便座に亡B(男性のこと)を座らせたまま亡Bから目を離せば同人が転倒する危険性があったから、

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