宮崎交通(宮崎市)でグループ会社に出向中の男性が過労死したことを巡り、宮崎地裁の判決が注目を集めています。
男性の時間外労働は、過労死ラインを超えるものではありませんでしたが、裁判所は企業が自らの義務を果たすことを怠ったとして、約3,570万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。この判決は事業者が果たすべき責任を改めて示す重要なものといえます。この悲劇から事業者の責任について学び、自身の事業所の対策について考えましょう。
12年前、同社の営業部に所属していた当時37歳の男性が自宅で心停止を発症し死亡しました。 宮崎労働基準監督署はその5年後に過労死を認めています。
遺族は、会社が適切な対応を怠り、男性が月100時間を超える時間外労働を強いられていたと主張し、宮崎交通に対して約6,000万円の損害賠償を求めて訴訟を起こしていました。これに対し、宮崎交通側は時間外労働は過労死ラインの月80時間を下回っており、死亡の原因は基礎疾患によるものであると主張していました。
2024年5月15日、宮崎地裁の後藤誠裁判長は、男性の死亡前の半年間の時間外労働が平均月56時間に達しており、「相当程度の疲労を蓄積させるに足る」と指摘しました。さらに、約1週間で3回の県外出張やクレーム対応などの負荷が集中し、心停止の発症に至ったと判断しました。また、宮崎交通が業務時間や業務内容の軽減を行う義務を怠ったとして、約3,570万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。
判決を受け、宮崎交通は「内容を精査した上で今後の対応を検討する」とコメントしました。原告側の弁護士は記者会見で、男性の妻の言葉を代読し、「会社の責任を認めてもらえたことで、本当にほっとしました。会社はこの判決を受け止め、働いている社員を大事にしていただきたい」との思いを述べました。
この訴訟では、遺族が2014年に労災保険給付の不支給処分の取り消しを求め、2017年に業務起因性を認める判決が確定しており、労災と認められています。今回の判決は、会社側が労働時間を適切に把握する義務を怠ったことや、長期間にわたって適切な対応を行わなかったことを明確にし、過労死と業務の因果関係を認めた重要なものでした。
ここで、過労死の定義と過労死を引き起こす過重な労働が及ぼす影響について改めて確認しましょう。
まず過労死とは、過剰な労働が原因で引き起こされる死亡のことを指します。長時間労働や過度のストレスが心臓病や脳卒中などの致命的な健康問題を引き起こし、最終的に死亡に至るケースが多く、法律上の定義では、「「過労死等」とは、業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう」とされています(過労死等防止対策推進法)
過労死の要因としては、休息の不足、過度な精神的ストレス、過重労働に伴う睡眠不足や不規則な生活習慣などが挙げられます。これらが複合的に絡み合い、労働者の健康を著しく蝕むのです。
例え死亡には至らなかったとしても長時間労働による肉体的な疲労は、免疫力の低下、慢性的な疲労感、睡眠障害を引き起こし、心臓病や高血圧、脳卒中などのリスクを高めます。また、精神的なストレスも同様に重要な問題であり、うつ病や不安障害などの精神疾患を引き起こす可能性があります。特に、管理職や責任の重い職務を担う労働者は、ストレスの影響を強く受ける傾向があります。
さらに、労働時間が長くなると、十分な休息やリフレッシュの時間を確保することが難しくなり、これが健康悪化をさらに加速させます。
こうした状況に対処するためには、職場環境の改善や労働時間の適正化が不可欠です。
過労死は、個人の問題にとどまらず、家族や社会全体にも深刻な影響を及ぼします。
家族は大切な人の突然の死に直面し、精神的なショックや悲しみ、経済的な困難に見舞われます。
特に、家族の支え手である労働者が過労死した場合、その影響は計り知れません。遺族は悲しみに打ちひしがれながらも、生活費や教育費などの経済的負担を抱えることになります。これにより、生活が大きく変わり、子供たちの将来にも影響を及ぼす可能性があります。
また、過労死の発生は社会全体にも影響を及ぼします。
労働者の健康問題が増加することで、医療費の増加や労働力の減少が社会的な問題となり、経済的な損失をもたらします。
さらに、労働環境の改善が遅れれば、労働者のモチベーションや生産性が低下し、企業の競争力にも影響を与える可能性があるでしょう。
企業は、労働者が健康で安全に働ける環境を提供する責任があります。これを安全配慮義務と呼びます。企業がこの責任を果たすために労働安全衛生法をはじめとして法整備がされてきています。企業はこれらの法令を遵守するとともに、今回のような判例を参考にして、過労死を防ぐための制度など支援策を整備することが重要です。
一方で労働者自身にも、自らの健康を守るために、適切な休息やストレス管理を行い、働き方を見直すことが求められます。そのためにも、企業が健康経営に取り組むことは非常に重要です。
ここからは先述の事例を元に企業側の問題点と対策について考えていきましょう。
今回の事案を通じて浮き彫りになった問題の一つは、労働時間管理の不備です。
多くの企業では、従業員の労働時間を正確に把握するための仕組みが不十分であり、結果として長時間労働が常態化しています。
今回の事案でも、男性は死亡前の半年間において平均月56時間の時間外労働を行っていました。これは、法定の労働時間を大幅に超えるものであり、企業が労働時間を適切に管理していなかったことを示しています。
企業は、労働者の労働時間を正確に把握し、過度な残業を防ぐための対策を講じる必要があります。例えば、タイムカードの導入や労働時間のデジタル管理システムの活用、定期的な労働時間の監査などが有効です。
次に、企業の安全配慮義務を果たす意識の欠如が指摘されます。
安全配慮義務とは、労働者が健康で安全に働くための環境を提供する企業の責任を指します。
しかし、多くの企業では、この義務が十分に果たされていません。
今回の事案でも、男性が過度な時間外労働を行い、健康を害したにもかかわらず、企業は適切な対応を怠りました。
企業は労働者の健康状態を定期的にチェックし、異常が見られた場合には速やかに対応する必要があります。
また、労働者が過度なストレスを感じる状況にある場合には、業務の軽減や配置転換を行うなどの措置を講じるべきです。
しかし、現実には、こうした対応が不十分であることが多く、結果として労働者の健康が損なわれています。
企業は、労働者の健康と安全を最優先に考えるべきです。
対策としては、労働者の健康状態を把握するための定期健康診断の実施や、メンタルヘルスケアの充実、ストレスチェックの導入などが求められます。メンタルの危険度合いをチェックできる適性診断なども開発されていますので、ぜひ活用されてみてはいかがでしょうか。
また、労働者が安全に働くための環境整備も重要です。職場の照明や空調の改善、安全設備の設置などが挙げられます。
最後に、労働者の健康管理の重要性について述べます。
労働者の健康管理は、企業に責任があると同時に、労働者自身にも責任があります。労働者が自らの健康を守るためには、適切な休息や栄養バランスの取れた食事、定期的な運動が必要です。また、ストレスを溜め込まずに適切に解消する方法を見つけることも重要です。
企業には、労働者が健康管理をしやすい環境を提供することが求められます。
例えば、長時間労働を避けるための労働時間の管理や、リフレッシュのための休暇制度の充実、健康管理プログラムの導入などが有効です。また、労働者が健康管理に関する知識を身につけるための教育や研修も重要です。やはり、健康経営の実践が大切ですね。
今回の事案を通じて明らかになったように、労働者の健康管理が適切に行われていなければ、過労死などの重大な結果を招く可能性があります。こうした悲劇を起こさないためにも企業と労働者が一体となって健康管理に取り組み、健康で安全な労働環境を実現することが重要です。
過労死を防ぐためには、労働時間の適正化、安全配慮義務の徹底、そして労働者の健康管理が不可欠です。企業は労働者が安心して働ける環境を提供する責任がありますし、労働者自身も自らの健康を守るために努力する必要があります。これらの対策を講じることで、過労死という悲劇を未然に防ぐことができるのです。
労働時間の適正化や安全配慮義務を果たすために法律があり、裁判等になれば企業がその責任を果たしているか否かが争われることになります。 法律上定められている企業の責任や、今回の地裁の判断についてみていきましょう
労働基準法は、日本における労働者の権利を保護し、適正な労働条件を確保するための基本的な法律です。この法律こそが、企業が労働者に対して過度な労働を強いることなく、健康で安全に働ける環境を提供することを義務づけています。
そのうち特に重要なのが、安全配慮義務という概念です。
今回の判例で明らかになったように、企業がこの安全配慮義務を果たすことを怠った場合、法的な責任を問われることがあります。
過労死ラインとは、労働時間が一定の基準を超えると過労死のリスクが高まるとされる基準時間を指します。日本では、月80時間以上の時間外労働が過労死ラインとして認識されています。これを超えると、労働者が長時間労働により肉体的・精神的な疲労が蓄積され、健康を害する可能性が高まるとされています。
今回の事案では、男性が死亡する前の半年間において平均で月56時間の時間外労働を行っていたことが明らかになっています。過労死ラインを下回っているものの、過度な労働時間であり、男性の健康に重大な影響を与えたと認定されました。
この判決は、過労死ラインが絶対的な基準ではなく、労働時間が過労死ラインを下回っていても、健康に有害な影響を及ぼす可能性があることを示しています。
今回取り上げた宮崎地裁の判決は、企業の労働環境に対する責任を再確認し、労働者の権利保護における重要な前進となりました。裁判長は、男性の死亡が長時間労働とその結果としての疲労蓄積によるものであると認定しました。そして、労働時間管理の不備と企業の安全配慮義務の欠如を厳しく指摘し、宮崎交通には約3,570万円の賠償が命じられています。
この判決の意義は多岐にわたります。
まず、企業が労働者の労働時間を適切に管理し、安全配慮義務を果たすことの重要性を強調しました。これは、企業が単に法定の労働時間を遵守するだけでなく、労働者の健康状態を常に把握し、必要な措置を講じる責任があることを示しています。
また、この判決は、過労死ラインを超える労働時間がなくても、労働者の健康に深刻な影響を与える可能性があることを認識させました。これは、企業が労働時間の長短に関わらず、労働者の健康と安全を第一に考える必要があることを強調しています。
さらに、この判決は他の企業に対する警鐘ともなります。労働環境の改善が求められる中で、今回の判決は企業が労働者の権利を尊重し、安全で健康な労働環境を提供する責任を改めて認識させるものです。
これにより、労働者の過労死を防ぐための取り組みが一層強化されることが期待されます。
総じて、今回の判決は、企業の労働環境に対する責任と労働者の権利保護の重要性を強く示すものであり、過労死を防ぐための重要な一歩となりました。
企業、労働者、政府が一体となって、健康で安全な労働環境を実現するための努力を続けることが求められています。
最後に、事業者の責任を果たすための対応について整理していきます。
過労死を防ぐためには、適切な労働時間管理が不可欠です。
対策の第1歩目は労働時間の正確な把握と記録の徹底です。これは、タイムカードの利用や労働時間管理システムの導入によって実現できます。労働時間のデジタル管理システムは、リアルタイムで労働時間を監視し、過剰労働が発生した際にアラートを発する機能を備えているものが多く、効果的です。
さらに、労働時間の適正化には、柔軟な勤務時間制度の導入も有効です。
フレックスタイム制やテレワークの推進により、労働者は自分のペースで働くことができ、ストレスの軽減やワークライフバランスの向上が期待されます。
また、定期的な休暇の取得を奨励し、リフレッシュの機会を提供することも重要です。労働者が適切に休息を取れるよう、企業は休暇取得のための制度を整備し、その実施を促進することが求められます。
人手不足状態が続いている介護業界では、介護スタッフが余裕を持って働けるように適正なスタッフ数を確保することが最も重要だと考えています。
労働者のメンタルヘルスケアは、過労死を防ぐ上で欠かせない要素です。精神的なストレスが蓄積すると、労働者の健康は著しく損なわれる可能性があります。企業は、メンタルヘルスケアの重要性を認識し、積極的に取り組む必要があります。
効果的な施策にはストレスチェックの導入があります。
定期的に労働者のストレスレベルを測定し、高ストレス状態にある労働者を早期に発見することができます。ストレスチェックの結果に基づき、必要なカウンセリングやサポートを提供することが重要です。
カウンセリングサービスの提供や、メンタルヘルスに関する研修・教育プログラムの実施も有効です。
これにより、労働者が自らのストレス状態を把握し、適切な対処法を学ぶことができます。
また、職場でのコミュニケーションの活性化も、メンタルヘルスケアには欠かせません。
上司や同僚との定期的な面談や、チームビルディング活動を通じて、職場の人間関係を良好に保つことが、労働者の精神的な安定につながります。
さらに、働きやすい職場環境を整えるための取り組みとして、労働者の意見を反映した職場環境の改善も重要です。
労働者の健康を守るためには、定期的な健康診断とその後のフォローアップが不可欠です。
健康診断は、労働者の健康状態を把握し、早期に異常を発見するための重要な手段です。企業は、法定の健康診断に加えて、必要に応じた追加の健康診断を実施することも効果的です。厚生労働省などの助成金制度が利用できないか調べてみましょう。
特に、長時間労働が常態化している職場では、健康診断の頻度を増やすことが効果的です。
例えば、半年に一度の健康診断を実施することで、労働者の健康状態を継続的にモニタリングすることができます。健康診断の結果に基づき、異常が見つかった場合には、速やかに医療機関での精密検査や治療を受けるよう促すことが重要です。
さらに、健康診断の結果に基づくフォローアップも不可欠です。
健康診断後の面談を通じて、労働者の健康状態や生活習慣についてアドバイスを行い、必要な支援を提供します。例えば、生活習慣病の予防やメンタルヘルスケアに関する情報提供、運動プログラムの紹介などが考えられます。また、健康管理プログラムの一環として、健康維持や改善のためのセミナーやワークショップを開催することも有効です。
これらの取組みを一生懸命に実施している介護事業所はまだまだ少ないと考えられます。取組を世の中に発信することで、採用力アップを実現できると信じています。
総じて、過労死を防ぐためには、適切な労働時間管理、メンタルヘルスケアの導入、定期的な健康診断とそのフォローアップが不可欠です。
企業は労働者の健康と安全を最優先に考え、これらの対策を講じる責任があります。
労働者自身も、自らの健康を守るために積極的にこれらのプログラムに参加し、健康管理に努めることが求められます。
社会全体で過労死を防ぐための取り組みを進め、健康で安全な労働環境を実現することが、労働者一人ひとりの幸福と企業の持続的な成長につながります。
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Office SUGIYAMA グループ代表。採用定着士、特定社会保険労務士、行政書士。1967年愛知県岡崎市生まれ。勤務先の倒産を機に宮崎県で創業。20名近くのスタッフを有し、採用定着から退職マネジメントに至るまで、日本各地の人事を一気通貫にサポートする。HRテックを精力的に推進し、クライアントのDX化支援に強みを持つ。著書は『「労務管理」の実務がまるごとわかる本(日本実業出版)』『新採用戦略ハンドブック(労働新聞社)』など