前回は、既存事業として介護事業を手掛けている事業者が、新規事業として訪問看護ステーションを立ち上げる際にどのようなシナジーが得られるのか、そして何故訪問看護の立ち上げがうまくいかないのか説明してきました。今回は、円滑な訪問看護ステーション運営を阻む2つの課題を整理し、それらを解決するためのヒントとして、サービスプロフィットチェーンという考え方をご紹介していきます。
訪問看護ステーション運営の難しさを引き起こしている主な要因としては、2つの要素を指摘することができます。
一つ目は、看護師の採用の困難さと離職率の高さです。訪問看護師の有効求人倍率は2019年時点で3.1倍(*1)となっています。全職種の有効求人倍率が1.46倍ですので、採用の難しさが際立っています。また、離職率は病院の看護師が平均10%程度ですが、訪問看護師は平均15%前後(*2)となっており、高くなっています。
こうした環境の中で、採用してもすぐに看護職員が辞めてしまうと、またすぐに採用をしなければ設置基準の2.5人を下回ってしまい、ステーション運営ができなくなってしまいます。その弊害として、
・紹介会社等を頻繁に使って採用コストが高まる ・人材が定着しないことで安定したサービス提供が困難になる。さらにその結果として、連携機関からの信頼を得られずに利用者確保ができない という悪循環に陥ってしまいがちです。
二つ目は、利用者獲得の難しさです。訪問看護の市場環境については、ステーション数が多く激戦区の地域もあれば、競合がほぼいない地域もあります。しかし、そのどちらにおいても利用者獲得は難しいものです。
激戦区では厳しい獲得競争を勝ち抜かなければなりません。一方で、訪問看護ステーションがあまり無い地域では、競合が少ないですが顕在顧客も少なく、そもそも訪問看護というサービス自体の認知が乏しい場合があります。そうした際には、サービス提案やニーズの掘り起こしからしなければ利用者獲得につながりません。
まとめると、訪問看護ステーション運営における大きな課題は人材確保と売上に関するものだと言えます。
しかし、働く人にとって魅力的な組織を作り従業員満足度を上げつつ、売上を高める施策を両立させるのは困難だと感じるのではないでしょうか。特に看護師には売上や金銭に関する話を嫌がる人が多く、プレッシャーをかけることで従業員の満足度は低下しがちであるような気がします。
そこで、従業員満足と利益の獲得を同時に達成するためにヒントとなるのがサービスプロフィットチェーン(以下、SPC)(*3)という考え方です。
SPCは従業員満足と顧客満足、利益の関係に関して1944年にハーバードビジネススクールのジェームス・L・ヘスケット教授らが提唱した考え方です。
パンの流通を例に出すと、生産は工場で行われますが、消費は消費者の自宅等で行われるというように、生産と消費の間には時差があります。これに対し、介護や看護を始めとするサービス業には、サービスの生産と消費が同時に行われるという特徴があります。介護職員や看護師がケアを提供することと、利用者がケアを受けるということが同時に行われているという事です。
SPCは、消費者との接点である介護職員や看護職員の満足を高めることによって、サービス水準、顧客満足、最利益を高め、その利益によって従業員満足をさらに向上させるという好循環を作り出すという考え方です。
下記は、この流れを簡単に図で表したものになります。
この流れを訪問看護ステーションに当てはめると、従業員サービス品質とは、従業員に対する給与や待遇のほか、教育研修やその他様々な会社からの支援、職場や職務設計自体による働きやすさ等のことです。
これら、従業員に対するサービスを充実させると、従業員はその会社で働くことに満足し会社へのロイヤリティが向上します。その結果、離職が減少するうえ、良い仕事をしようとすることで顧客サービス品質も向上します。顧客へのサービス品質が向上すれば顧客が満足しロイヤリティが向上します。
ここでの顧客は利用者だけではなく、利用者の流入元である連携機関も含まれます。顧客のロイヤリティが向上した結果、サービスの継続利用だけではなく、リピート依頼につながることで業績が向上します。業績が向上したら、その分だけまた従業員サービス品質の向上に努めることでこの好循環を生み出す事ができると考えられています。
下記の図は、このような良い循環と、反対に悪い循環についてまとめた図です。
この悪い循環のように、従業員の離職が止まらず利用者・連携機関からも信頼されずに業績が低迷しているというような事業所を見た事がある方は少なくないのではないでしょうか。
それでは、どうやってこのような好循環を生み出していくのかについて説明していきます。サービスプロフィットチェーンについて語る際は「従業員サービス=従業員の言いなり」と勘違いされやすいですが、そうではありません。
従業員サービスとは、会社の向かうべき方向性や目的に対して共感し実行する態度を持つ従業員のモチベーションを高め、会社に合わない従業員に去ってもらうことも厭わないという姿勢でうつ施策であるべきです。
例えば、多くの訪問看護ステーションは、看護師ごとの目標訪問件数というものが置かれていると思います。そこで目標達成に向けて適切な努力をした従業員には給与や表彰、特別な研修受講機会等の報酬を与えることが適切な従業員サービスです。目標達成せずに、なるべく訪問件数を少なくすることで満足を感じる従業員に向けたものであってはいけません。
つまり、「会社の目指す方向性や目的に合った人を採用し、その人がより活躍できるような環境を整える」という事がサービスプロフィットチェーンにおいて最も大切なことと言えます。
これを実現するには、会社の目指す方向性や目的を明確化し、組織を整え、欲しい人材像も具体化して採用をする事が重要です。
今回は訪問看護ステーションを例に説明しましたが、サービスプロフィットチェーンの考え方は広くサービス業に適応できるものですので、御社の現状を考えるヒントになれば幸いです。
次回は、サービスプロフィットチェーンの第一歩である人材採用のヒントについてご紹介できればと考えています。
(*1) 公益社団法人 日本看護協会 広報部 News Release. 2021年2月17日(2022/07/21アクセス)
(*2) 公益社団法人 日本看護協会 訪問看護の伸び悩みに関するデータ. 2011年7月13日.(2022/07/22アクセス)
(*3) ジェームス・L・ヘスケット、W・アール・サッカー、レオナード・A・シュレシンジャー、『バリュープロフィットチェーン 顧客・従業員満足を「利益」と連鎖させる』、日本経済新聞社、2004
(つるがやまさこ)合同会社manabico代表。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修等の仕組みづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。 【合同会社manabico HP】https://manabico.com※プロフィールは記事配信当時の情報です