今回は、外部との連携によって利用者の生活を支える在宅サービス提供者の責任の在り方について実際にあった裁判例の事案(アレンジしたもの)を基に考察します。
夫からのDV被害を受けている利用者に対するサービス提供をする中で起こった事例です。介入していた訪問看護事業所の責任が認められるかどうかなどが争点となりました。
虐待が疑われる場面にあった際に在宅サービスの従事者はどのように動くべきか、ぜひ考えながら読み進めてみてください。
<相談内容> 私は訪問看護事業所の代表取締役で、私自身も看護師として現場に出ています。 利用者であるBさんに対しては、医師から担当ケアマネに対し、「血糖値管理と精神的な不安解消を図るべく、訪問看護の導入をお願いしたい」と依頼があったため、サービス提供を行なうことになりました。
Bさんは、夫から酷いDVを受けているようで、顔に痣があったり、「夜になると叩かれる」などと発言したり、家庭内での生活環境に非常に問題のある利用者でした。 ある日、私は、訪問看護のためにBさんの自宅を訪れました。
その際、Bさんはベッド横の手すりにしがみついて、「立てない」と繰り返し訴え、点滴後にトイレに行く際の介助にも「歩けない」と何度も訴え、手引き介助によってようやく歩けるような状態でした。訪問を終え、私は事業所に戻って来たのですが、その夕方、担当ケアマネから「夕方にヘルパーがBさんを訪問したら、痛がって動かない様子だった」と報告を受けたので、再度、私もBさんを訪問しました。
Bさんは左足の付け根付近の痛みを訴えましたが、屈伸もできますし、外内転可、立位も可能という状態でした。 私は、「きっと、後日、控えている精神科へ行きたくないだけで、詐病だろう」と思い、紹介元の医師に対しても「異常はなさそうです」と伝えました。
しかし、数日後、Bさんは左大腿骨頸部骨折と診断されたようで、そのまま病院へ搬送され、約2か月後、亡くなってしまいました。
Bさんが死亡した後、DV夫から、「うちの妻が痛がっている様子を見ていたのだろう!何で医師に対して骨折の疑いがあるから診断した方が良いと言わなかったのだ!詐病と決めつけたことには大きな問題がある。看護師として必要なことをしなかったのだから責任を取れ」と怒りの電話がありました。
私の対応は間違っていたのでしょうか。
上記の相談内容を見て、皆様はどう感じましたか。
「看護師として、利用者の状態を詳細に観察し、それを医師へ報告することは行っているのだから、やるべきことはやっているはず。これで責任を負うことになるのはおかしい」と考える人もいると思います。
かたや、「詐病と勝手に決めつけてしまい、その内容を医師に報告したことで、医師の判断が遅れた可能性があるのだから、看護師としての責任は免れないのではないか」、と考える人もいるはずです。
相談内容は、実際の裁判例の事案をアレンジして筆者が作成しました。
ベースとなった裁判例は、大阪地裁令和3年2月17日判決です。 夫からのDV被害を受けている利用者を医療者・介護事業者が連携してサポートしている中で起こった事例です。
骨折の原因になった事象ははっきり分かりませんが、もしかしたら夫のDVかもしれません。
いずれにしても、利用者の生活環境を少しでも改善するために一生懸命関わってきた医療者や介護事業者が、利用者の死後、問題の原因となったDV夫から訴えられることになるとは、なんとも皮肉な話です。
この裁判で争点は複数ありましたが、ここでは、訪問看護事業所の責任が認められたかどうか、という点に絞って解説します。
弁護士法人かなめ代表弁護士。29歳で法律事務所を設立。 現在、大阪、東京、福岡に事務所を構える。顧問サービス『かなめねっと』は35都道府県に普及中。 福祉特化型弁護士。特化している分野は、介護事業所・障害事業所・幼保事業所に対するリーガルサポート、労働トラブル対応、行政対応、経営者支援。 無料で誰も学べる環境を作るためYouTubeチャンネル『弁護士法人かなめ - 公式YouTubeチャンネル』を運営中。https://www.youtube.com/@kaname-law テキストで学びたい人向けに法律メディアサイト『かなめ介護研究会』も運営中。 https://kaname-law.com/care-media/