今回は、介護施設に入所している利用者に対して、キーパーソンである息子が虐待をしているという事態に対し、施設としてどのように対処すれば良いかを解説します。
虐待への対応は、介護施設では最も対応が難しい事態のうちの一つです。
虐待事案が発生したい際に的確に対応できるようになるには、当事者意識を持って学ぶことが大切です。
具体的な事例から一緒に学びを深めていきましょう。
事例紹介:入所中の父親に息子が繰り返し摂食強制
私は介護老人保健施設の施設長です。
とある利用者の息子のことで大変困っています。
息子は、父である利用者に対する食事介助について、施設と方針が対立しており、「もっと食べさせて欲しい」と主張しており、施設の許可なく、勝手にスプーンで利用者の口に食べ物を入れ込んで食べさせる摂食強制を行います。 また、施設に内緒で食べ物を持参して、利用者に食べさせていることもありました。
過去には、息子が利用者に対し、摂食強制をしたことで、利用者が食べ物を喉に詰まらせて、施設が急遽、吸引措置を実施して対処したこともあります。繰り返される摂食強制で、いつ誤嚥や窒息を引き起こすかわからない状況です。
さらに、トイレ介助を息子が手伝っていた際、思うように動いてくれない父親に腹が立ったのか、後頭部を平手ではたいたこともありました。
施設としては、このまま息子が勝手に摂食強制をしたり、利用者を叩いたりすることを見過ごす訳にはいきません。 どのように対応すれば良いでしょうか?
非常に対応が難しい事例です。
息子は父親に対して無理やり食べ物を口に入れる摂食強制を行っていますが、きっと、「こんな食事では栄養が足りない」と思っているのでしょう。親を想う子の気持ちとしては、熱いものがあるのかもしれません。 しかし、老健施設では利用者の状態に応じて食事管理を実施しているので、摂食強制されてしまうと、命の危険すらあり、施設としては息子の行動を見過ごすことはできません。
この相談事例からすると、施設は息子との信頼関係も十分に構築できていないように思います。 このような事例ではどのように対処すべきでしょうか?
高齢者虐待防止法に基づく対応:3つのポイント
この事例への対処のポイントは3つあります。
- 市町村に虐待通報する
- 行政担当者に対し事実関係を正確に報告する
- 「措置」を前提とした話し合いの場を持つ
ポイント①:市町村に虐待通報する
相談事例の息子の行為は、高齢者虐待防止法上の「高齢者虐待」に該当します。
摂食強制、後頭部をはたくといった行為が、高齢者虐待防止法第2条4項第1号イの「高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること」に該当するのです。
こうした行為を把握した施設として、とるべき対応は、躊躇なく、市町村へ虐待通報(高齢者虐待防止法第7条1項)をすることです。 虐待通報などしても良いのだろうか、と不安になると思いますが、通報が遅れれば遅れるほど、息子の言動はエスカレートします。それは結果的に利用者である父親にとって望ましくない事態を招きます。 また、施設職員と息子との間の衝突・トラブルも増えていくと考えられます。職場環境全体に与える悪影響も大きくなってしまうでしょう。
施設は躊躇せず相談・通報するようにしましょう。
ポイント②:行政担当者に対し事実関係を正確に報告する
虐待通報を受けた行政担当者は、事実確認のために速やかに施設を訪問の上、調査を開始します。
ここで大切なことは、行政担当者が施設に訪問調査に来た時に、施設側から行政担当者に事実関係を「正確に報告」することです。資料を整えて提出できる状態にしておきましょう。 行政担当者は通報を受けてすぐに施設を訪問しなければなりません。ですから、通報するタイミングから、同時並行で行政担当者に提出する資料の準備を進めていきましょう。 虐待状態にあることを正確に報告するために準備すべき資料の例は以下のとおりです。
- 利用契約書
- 重要事項説明書
- フェイスシート
- 施設サービス計画書
- 摂食強制を実施した日時、具体的な虐待内容の時系列メモ
- 医師の所見を示す資料(あれば)
- 虐待を示す客観証拠(動画データ、写真等)
行政担当者に正確に事実関係を報告することで、行政担当者としても当該事案を「虐待と認定すべきかどうか」について、スピード感を持って判断することが可能になります。大切なのは「スピード」です。 時間をかければかけるほど、事態は悪化していくということを意識して行動することが大切です。
なお、虐待通報を受けた後、行政担当者がどのように動くのかを詳しく学びたい人は、令和7年3月に厚生労働省老健局が発出している「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」というマニュアルをチェックしてください。
ポイント③:「措置」を前提とした話し合いの場を持つ
家族による虐待が認定され、生命又は身体に重大な危険が生じているおそれがある場合は、市町村は強制的にその利用者を別の施設に入所させるといった「措置」を実施することが可能です(高齢者虐待防止法第9条2項、老人福祉法第10条の4第1項若しくは同法第11条1項等)。
この「措置」という手続きは、虐待をしている家族と、虐待をされている利用者を引き離した上で、利用者の安全を確保するための強制手続きです。
そうすると、「措置」の結果、何が起こるのかというと、虐待をしている家族―今回の相談事例では、息子―に対して、父親がどの施設に入所したのかを一切知らされることはありません。
また当然、息子は父親に面会することも出来なくなります。
モデル事例の結末から学ぶ「話し合い」の進め方
実は、今回の相談事例は大阪地裁令和元年7月26日判決を元に作成した事例です。
キーパーソンの子が親に対し摂食強制を止めず、虐待事案と認定され、大阪府の豊中市が措置決定した事例です。
措置の結果、虐待者である子には、親がどこの施設に入所したのかは秘匿され、会えなくなりました。そして、利用者が危篤状態に陥ったときも、虐待者である子にはその事実は知らされませんでした。
結局、親の死に目に会えなかったのです。
利用者が死亡した後、虐待者である子は豊中市を訴えました。
措置は違法だ、面会制限は違法だ等と訴えたのです。
しかし、大阪地裁は、虐待を受けている利用者を守るためには、措置も面会制限も問題無かったとして訴えを退けており、行政側が勝訴したのです。
勝ち負けという点では行政が勝訴した訳ですから、何とも後味の悪い結末ですね。
「措置」は、虐待状態を解消するための最終手段と位置付けられるべき手続きです。 誰もこのような手続きは進んで実施したくありません。措置の果てには「親の死に目に会えない」という結末が待ち受けているのです。
そこで、施設としては、市町村には速やかに虐待通報はしつつ、必ず、虐待者である息子と話し合いの場を設けるようにしてください。 その話し合いでは、行政担当者に同席してもらうこともお勧めします。
面談では、施設としては、虐待事案として考えていること、施設だけではどうしても解決ができないので行政にも相談していること、虐待行為がストップせず、利用者の命の危険性が高いと判断された場合は、市町村の権限で「措置」が実施される可能性があること、「措置」されてしまうと、利用者がどの施設に行ったのかは秘匿されることになり、二度と面会できない可能性があること、そんな状態にはしたくないので、どうか施設のルールに従っていただき、摂食強制や利用者を叩くといった虐待行為を辞めてもらいたいことを誠実に息子に対して伝えるようにしましょう。
措置に関することは施設からではなく、行政担当者から伝えてもらう方が効果的だと思います。
その話し合いで、仮に息子が態度を改めるのであれば、「措置」に進むことなく事案を解決できる可能性があります。 また、施設としては到底信頼関係の構築ができないとお考えの場合は、息子に対して、別の施設に行ってもらいたいということも伝えてもらって問題ありません。
このような話し合いにも関わらず、息子の摂食強制等の虐待行為がおさまらない場合は、行政に連携しつつ「措置」に踏み切るべきです。
まとめ:今回の事例を動画でも解説中
今回は、老健施設に入所している利用者に対し、息子が摂食強制・暴力を振るう虐待行為をしている場合に、施設としてどのように対応すべきかを解説しました。
なお、今回のお話は動画でも解説しています。ぜひ皆様の介護事業所でも是非参考になさってください。