1カ月単位の変形労働時間制は、労働時間を柔軟に管理できる制度として、多くの介護事業所で採用されている制度です。しかし、この制度が適正に運用されずに、残業代やその未払いが発生したり、労働基準監督官からの是正勧告を受けたりする原因となることも少なくありません。
介護事業所の運営において、労働時間の管理は避けて通れない重要な課題です。
本コラムでは、多くの介護事業所で導入されている1カ月単位の変形労働時間制について、適正に運用されていない場合のリスクと行政指導の実態、そして是正勧告を受けないための具体的な対策について解説します。特に現場の職員にも理解しやすい内容を心がけてお伝えします。
1カ月変形労働時間制とは、1カ月を基準期間として、その期間内で労働時間を柔軟に調整することを認める制度です。労働基準法では、原則として使用者は1日8時間・週40時間を超えて労働させてはならず、それを超えた場合には残業代を支払わなければなりません。しかし、この制度を導入することによって、1カ月当たりの平均労働時間を法定内に収める運用が認められます。
この制度は、
(1)柔軟なシフト管理を可能にする (2)職員のライフスタイルに合わせた働き方を可能にし、働きやすさを向上させる (3)人件費を適正化させる
1カ月変形労働時間制は、労働時間を効果的に活用するために有効な制度である一方で、適正に運用されない場合には重大なリスクを伴います。実際に、労働基準監督官から是正勧告を受ける事例も少なくありません。
代表的なリスクや落とし穴としては、以下の要素があります。
1カ月変形労働時間制を適用するためには、労使協定の締結と労働基準監督署への届出が必須です。この労使協定書には、次の①~④が明記されていなければなりません。
① 対象労働者の範囲②対象期間および起算日③ 労働日および労働日ごとの労働時間④ 労使協定の有効期間
なお、労使協定の締結・届け出のみでは変形労働時間制の適用はできません。労働者にこれを義務づけるには、就業規則への明記が必要です。労使協定を締結・届出するほかに、就業規則に準ずる書面への規定とその周知徹底を図ることでも導入することができます。もし、これらの手続きが適切に行われていない場合、法的に有効な変形労働時間制とは認められません。
通常の法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える時間が法定外労働時間扱いとなり、その分の割増賃金が発生することになります。
労使協定が適切に締結されていても、実際の運用が協定の内容に沿っていなければ意味がありません。
例えば、
といったケースは、労働基準法違反とみなされる可能性があります。
最近の労働基準監督署の調査では、労働時間に関するチェックが厳格化されています。特に、変形労働時間制においては、次のようなポイントを確認されることが多くなっています。
これらに違反している場合には是正勧告が出され、変形労働時間制が否認され、労働時間を再計算されることが良くあります。この場合は、時間外労働割増賃金の発生に繋がります。
適正に運用されていない1カ月変形労働時間制により、未払い残業代が発生するケースは少なくありません。これは、事業所にとって財政的な負担となるだけでなく、職員からの信頼低下を招き、労働環境の悪化につながる可能性があります。
ここで、これまでに私が遭遇した事例を1つご紹介します。シフトの組み方が不適正で、職員のシフト上の総労働時間が1カ月の法定労働時間を超えていた事例です。
実際には、労働者は毎日、シフト上の終業時刻よりも早く業務を終えていました。しかしながら、週6日勤務の週が存在し、週の法定労働時間である40時間を超える時間が計算上時間外労働と判断され、割増賃金が発生しました。スタッフのシフト上の労働時間が法定労働時間を超えてしまうケースは散見されます。原因としては、シフト作成担当者の知識不足や理解不足によるところが大きいと考えられます。ちょっとしたことで、支払う必要のない割増賃金が発生してしまえば経営に悪影響を与えてしまうことになります。
1カ月変形労働時間制を適正に導入し、運用するためには、いくつかの重要なポイントを押さえる必要があります。
労使協定は、変形労働時間制を導入する上での基盤です。
協定の内容は法的要件を満たすものである必要があり、労働基準監督署に届出を行わなければなりません。労使協定の期間は、行政解釈によると3年程度が最長とされていますが、届け出る年と届け出ない年が混在することで、届け出漏れのリスクが生じることになります。
そこでおすすめしているのが、36協定書と一緒に作成し、毎年労働基準監督署へ届け出る方法です。これならば届け出忘れはありませんね。他の方法として、必要な事項を記載した就業規則の作成と職員への周知でも構いません。就業規則の労基署への届出義務のない10名未満の小規模介護事業所において就業規則を周知するときは、就業規則の説明を聞いた職員のサインをもらっておき、就業規則と一緒に保管しておくと周知したことの証明になります。内容の不備がないようにするため、専門家である社会保険労務士や行政窓口である労働基準監督署のアドバイスを受けることをおすすめします。オフィススギヤマグループでは、就業規則への記載と周知をお勧めしています。
1カ月変形労働時間制では、シフト表を期間開始前に作成し、全職員に周知することが求められます。この際、勤務日や労働時間、休憩時間を明確に記載し、職員が自身の勤務予定を正確に把握できるようにします。
上手にシフト表を作成するためには、シフト期間の歴日数ごとに下記の時間を超えないようにすることです。シフト時間の合計時間数がこれらの時間を超えると即時に違反となります。
①28日の週…160時間②29日の週…165時間③30日の週…171時間④31日の週…177時間
仮に職員数の不足によって、法定労働時間を超えるシフトを組まなければならないときには、通常のシフトとは別に時間外労働を命じるシフトを作ると良いでしょう。このような工夫をすれば、法定労働時間を超えるシフトの作成も可能となります。
勤怠管理システムを導入し、実際の労働時間を正確に記録することが重要です。この記録は、労働基準監督官からの指摘に対する証拠としても役立ちます。また、定期的に記録内容を見直し、運用状況を確認することが推奨されます。シフト上の労働時間と実際の労働時間の予実がわかるシステムをおすすめします。介護事業所では、職員の急病や離職によるシフト変更をしなければならない状況も十分に予測されます。あまりにも変更が多くなってくると、途中でどの程度の労働時間合計となっているのかわからなくなることもあります。複雑な労働時間管理をアナログで行うことは困難を伴いますので、デジタル方式で記録管理をするべきでしょう。
1カ月変形労働時間制を適正に運用するためには、職員が制度の内容や目的を理解することが不可欠です。
Office SUGIYAMA グループ代表。採用定着士、特定社会保険労務士、行政書士。1967年愛知県岡崎市生まれ。勤務先の倒産を機に宮崎県で創業。20名近くのスタッフを有し、採用定着から退職マネジメントに至るまで、日本各地の人事を一気通貫にサポートする。HRテックを精力的に推進し、クライアントのDX化支援に強みを持つ。著書は『「労務管理」の実務がまるごとわかる本(日本実業出版)』『新採用戦略ハンドブック(労働新聞社)』など