違法な残業によって関連する経営者が書類送検される事例はよく耳にしますが、年次有給休暇にまつわる書類送検はそうそう耳にしません。でも、最近は増えてきているんです。そのきっかけは、働き方改革です。どのような事例が書類送検となっているのか、具体例と事業所で取り入れられる改善のポイントを紹介します。
「働き方改革関連法」は2019年4月1日から順次施行されています。
その中でも最も重要視されているのが、「時間外労働の上限規制」です。
2019年3月31日までは、残業をいくらさせても、時間外労働割増賃金を支払っていれば何らおとがめはありませんでした。ところが、4月1日以降は、罰則(6カ⽉以下の懲役または30万円以下の罰⾦)が適用されるため、残業削減に必死に取り組む中小企業が増えました。
一連の改革のもう一つの目玉が、「年次有給休暇の取得義務化」です。
2019年4月1日から全ての企業において、年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対して、年次有給休暇の日数のうち利用日数が年5日に満たない労働者については、使用者が時季を指定して取得させることが必要となりました。
もともと年次有給休暇を利用するためのルールは、「労働者自らが申し出ること」でした。しかしながら、年次有給休暇の利用を申し出る行為自体がし難いというのが日本企業の現状でした。下記のグラフを見てみると、長らく低迷していた労働者1人平均有給休暇取得率は、働き方改革関連法の施行を機に、急激な上昇傾向となりました。
(【画像】厚生労働省「年次有給休暇の現状について」より抜粋)
なお、年次有給休暇にまつわる罰則は以下のとおりとされています。
罰則について重要なことは、「罰則による違反は、対象となる労働者1人につき1罪として取り扱われること」です。
例えば、10人の労働者に年5日の年次有給休暇を取得させなかった場合の罰金刑の最大額は以下のようになります。
10人 × 30万円 = 300万円
スタッフ数の多い介護事業所が上記の罰金刑を受けると、かなりの痛手になります。
しかし、次のような考え方をする中小事業主も多かったのではないのでしょうか。
「ただでさえ人手不足でシフトが回らないのに、これ以上休まれたら業務が回らなくなる」 「法律改正されたからといって、いきなり罰則を下されることはないだろう」 「残業は個人の問題だが、年次有給休暇は事業所全体の問題だから、年休5日取得義務を履行できなくてもスタッフはみんな理解してくれるはず」
確かに施行初年度は、いきなり罰則を加えられることはありません。厚生労働省のパンフレットには「労働基準監督署の監督指導においては、原則としてその是正に向けて丁寧に指導し、改善を図っていただくこととしています」と記載されています。
これが、「年休5日取得義務の履行は、後回しにしよう」と考える中小事業主を生み出すことになったのかもしれません。でも、あっという間に月日は経ってしまいます。そして、年次有給休暇にまつわる書類送検の事例が増えてきているのが現実なのです。
ここからは、具体的な送検の事例を見ていきましょう。まずは、茨城県の龍ヶ崎労働基準監督署が、年10日以上の年休が付与される労働者全員に対して時季指定を怠り、年5日間を取得させていなかったとして、会社と代表者を送検した事例です。
本事案は、労働者からの申告が端緒となって発覚しました。
申告に基づき、労働基準監督官が調査し、その結果「パートタイム労働者を含む60人以上の労働者がいたが、そのうち年休の日数が年10日以上の労働者全員について、年休の時季指定を怠り、年5日間を取得させていなかった」ことが判明しました。
労働基準監督官が、会社に是正勧告を行うも、改善の意思が見られなかったため、会社と代表取締役が送検されました。
さらに、「パートタイムの労働者2人が退職前の2カ月間に申請・取得した年休について、賃金の一部を支払わなかった」疑いでも送検されました。
会社の言い分としては、経営不振だから年休を与えられなかったとしています。実態として、労働者から年休の申請があった際も、ほとんどの場合は取得を認めず、欠勤扱いとしており、年休の取得状況は年間で1〜2人の労働者が1日取得する程度だったようです。
⓵年次有給休暇は一定の条件を満たせば全ての労働者に付与される
年次有給休暇は、次の(a)(b)2つの付与条件を満たせば全ての労働者に与えられます。
(a)雇い入れの日から6カ月経過していること (b)その期間の全労働日の8割以上出勤したこと
なお、この6カ月間には試用期間を含みます。遅刻、早退の場合でも出勤とされます。年次有給休暇を利用している日などは、出勤したものとして取り扱われます。
②パートタイマーでも10日以上年次有給休暇が発生することがある(比例付与)
Office SUGIYAMA グループ代表。採用定着士、特定社会保険労務士、行政書士。1967年愛知県岡崎市生まれ。勤務先の倒産を機に宮崎県で創業。20名近くのスタッフを有し、採用定着から退職マネジメントに至るまで、日本各地の人事を一気通貫にサポートする。HRテックを精力的に推進し、クライアントのDX化支援に強みを持つ。著書は『「労務管理」の実務がまるごとわかる本(日本実業出版)』『新採用戦略ハンドブック(労働新聞社)』など