多くの介護施設・事業所では人事評価制度の運用が課題となっています。
介護職員、看護職員、ケアマネジャー、コメディカルに事務職など、さまざまな職種が働く現場では評価基準を統一するのが難しく、評価制度をせっかく定めても効果的に機能しないことが少なくありません。特に、処遇改善加算(2024年度介護報酬改定以降は「介護職員等処遇改善加算」)を受給するためにキャリアパスに関する規定を定めて運用する場合、評価項目と施設の売上がリンクせず、昇給原資の確保が困難になることが多いようです。
これを是正するために取り組んでいただきたいのが評価基準の”見える化”です。評価項目やその達成状況を明確化して介護サービスの質向上や収益につながる人事評価の仕組みをつくりましょう。
介護事業所でよく見られる人事評価制度の不具合として、まず挙げられるのが「評価基準の曖昧さ」です。職種ごとに業務内容や目標が異なるため、統一した評価基準を設定することが難しくなります。これにより、主観的な評価になりやすく、職場で不公平感を生む要因となります。また、評価基準が明確でないため、職員のモチベーションの低下を招きます。
次に、評価制度と賃金が十分リンクしていないことも問題です。多くの介護事業所では、評価結果に基づいて賃金を決定しようと試みていますが、評価項目の達成目標と施設・事業所の売上がリンクしていないため、昇給の原資を確保するのが難しくなります。結果として、評価制度が形骸化し、職員の不満が募ることとなります。
さらに、評価者のスキル不足も大きな課題です。評価を行う上司が適切な評価方法を理解しておらず、評価が主観的になりがちです。評価者の訓練が不足している場合、評価基準を統一しても、実際の運用において偏りが生じます。
評価のフィードバックの不足も見逃せない問題です。評価結果を職員に適切にフィードバックし、具体的な改善点や今後の目標を示すことができなければ、評価の意味が失われます。フィードバックを通じて職員が自己改善に取り組むことができるようにするためには、評価者のコミュニケーションスキルの向上も必要です。
評価基準の明確化と統一、評価者の訓練、評価と賃金の連動性の強化、そしてフィードバックの充実。このような人事評価制度の改善は、職員のモチベーションを高め、施設全体のパフォーマンス向上に直結する重要な取り組みです。
ひとくちに介護職員といっても、介護事業所には様々な業態があります。そこで訪問介護事業所で働く職員の評価項目について具体的な例を挙げて考えてみましょう。
それぞれの評価項目の選定理由も併せて説明します。
ただし、訪問介護事業所においても、それぞれの事業所において課題はまちまちです。従って、以下の項目は私の仮説として参考にしていただき、自社に導入される際は、環境に合わせてカスタマイズをお願いします。
1. 利用者満足度
2. ケアプランの実行度
3. 時間管理能力
4. コミュニケーション能力
5. 緊急対応能力
6. サービス提供時の柔軟性
7. 自己研鑽・学習意欲
8. 安全管理の徹底
9. フィードバックの受容と改善意欲
これらの評価項目を設定することで、職員のパフォーマンスを多角的に評価し、サービスの質向上を図ることができます。各項目は、業務内容や必要とされるスキルに直接関連させ、評価基準の明確化と一貫性を保ちましょう。明確な項目に沿った評価を通じて職員のモチベーションを高めることができれば、組織全体のパフォーマンス向上も期待できます。
次に各項目のKPIとして具体的な数値目標を設定することで、評価基準を明確にし、評価の客観性と公平性を確保します。各評価項目のKPIを設定することで、介護職員がどのように業務を遂行しているかを定量的に評価できます。これにより、職員は自分の強みや改善点を具体的に把握しやすくなり、自己成長のモチベーションが高まります。
さらに、KPIの活用は評価結果の透明性を高め、評価プロセスに対する信頼性を向上させます。また、評価結果を元に具体的なフィードバックを提供することで、職員のスキル向上や業務改善が促進され、施設全体のサービス品質の向上につながります。介護職の評価項目の可視化にはKPIの活用が欠かせません。評価項目の1番目に挙げた利用者満足度を評価するための具体的なKPI例を以下に示してみました。
KPI 1: 満足度アンケートのスコア
KPI 2: アンケート回収率
KPI 3: ポジティブフィードバックの件数
KPI 4: クレーム対応の迅速さ
KPI 5: 利用者の継続利用率
KPI 6: フィードバックの改善反映率
KPI 7: 介護スタッフへの直接の感謝の言葉の頻度
いかがでしょうか。いくつか具体的な数字に反映できそうな項目を考えてみました。自社で扱えそうな指標はありましたか。
さて、評価項目を作ったとしても、その中には耳慣れない言葉が入ることがあります。
例えば『KPI 3: ポジティブフィードバックの件数』について、全てのスタッフが何ら説明もなく、内容を理解できるでしょうか。全員がその言葉の意味を理解し、同一のものさしで判断できるでしょうか。難しいですね。だから、評価制度を作った後に評価制度に関する説明会が必要になります。最初にキーワードを定義することから始めます。ここでは例として『ポジティブフィードバック』の定義を文字化してスタッフ全員に共有します。
◆ポジティブフィードバックの定義
ポジティブフィードバックとは、利用者やその家族から寄せられる、サービスやスタッフに対する肯定的な意見や感謝の言葉のことです。これは、利用者が介護サービスに満足していることを示す具体的な表現です。
いかがですか。ちょっと形式ばった説明なので、「わからない」という言葉が聞こえてきそうです。スタッフに説明する際には、よりわかりやすい表現に努めてください。例えば次のような言い換えができます。
ポジティブフィードバックとは、利用者やその家族が「ありがとう」「お世話になりました」「とても助かりました」といった褒め言葉や感謝の気持ちを伝えることです。 このようなフィードバックは、介護サービスが利用者にとってどれだけ役立っているかを示す重要な指標となります。
Office SUGIYAMA グループ代表。採用定着士、特定社会保険労務士、行政書士。1967年愛知県岡崎市生まれ。勤務先の倒産を機に宮崎県で創業。20名近くのスタッフを有し、採用定着から退職マネジメントに至るまで、日本各地の人事を一気通貫にサポートする。HRテックを精力的に推進し、クライアントのDX化支援に強みを持つ。著書は『「労務管理」の実務がまるごとわかる本(日本実業出版)』『新採用戦略ハンドブック(労働新聞社)』など