近年、高齢者虐待に関するニュースを耳にする機会が多くなり、ご自身の事業所の対策を見直そうと考えているデイサービス事業者の皆様も多いのではないでしょうか。
そのような時に、「どのような高齢者虐待の事例があるの?」や「虐待を予防するために、どんな対策をとればいいの?」といった疑問が浮かぶかもしれません。
この記事では、デイサービスの経営者に向けて、高齢者虐待の定義や種類、実際の事例などについて解説していきます。
デイサービス事業者が遵守しなければならない法律の一つに、高齢者虐待防止法(高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)があります。この法律では、高齢者虐待について「養護者による高齢者虐待及び養介護施設従事者等による高齢者虐待」と定義しています。
高齢者虐待は、暴力的な行為(身体的虐待)だけでなく、暴言や無視(心理的虐待)、必要な介護サービスの利用をさせない(介護・世話の放棄・放任)などの行為も含まれます。高齢者虐待防止法では、こうした虐待の種類を5つに分類しています。
【高齢者虐待の種類】
下記の図のように、種類別に虐待発生件数を見ると、要介護施設従事者等によるもの・要介護者によるもの共に、身体的虐待が一番多く、次に心理的虐待、介護等放棄となっています。
それでは、それぞれの定義と具体例を見ていきましょう。
高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
【身体的虐待の具体例】
高齢者を衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置その他の高齢者を養護すべき職務上の義務を著しく怠ること。
【介護・世話の放棄・放任(ネグレクト)の具体例】
高齢者に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。
【心理的虐待の具体例】
高齢者にわいせつな行為をすること又は高齢者をしてわいせつな行為をさせること。
【性的虐待の具体例】
高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること。
【経済的虐待の具体例】
高齢者虐待には、家族等(擁護者)によるものと、要介護施設従事者等によるものがあります。それぞれについて、虐待発生件数の推移を見ていきましょう。
下の図の通り、家族などによる高齢者虐待の相談・通報件数は右肩上がりとなっていますが、2021年度の虐待判断件数は、前年度と比較して『4.9%』減少しています。
一方、介護事業所の職員などによる高齢者虐待は、相談・通報件数、虐待判断件数共に増加傾向にあります。2021年度の虐待判断件数は、前年度と比較して『24.2%』と、大幅に増加しています。
高齢者虐待には、養護者による虐待と、養介護施設従事者等による虐待の2種類があります。ここからは、それぞれについて虐待の事例を見ていきましょう。
【内容】
認知症の母親の言動にイライラしら息子が母親に暴力を振るう。傷が深く、治療が必要な状況もあるほどだった。
【対応】
デイサービス利用時に、顔や額に打撲や出血した痕跡を確認するものの、家族は転んだと話していた。その後また、治療が必要な深い傷が確認されたため、担当ケアマネジャーより地域包括支援センターに相談があった。 その後、地域包括支援センター、担当ケアマネジャー、サービス事業者の関係者でケース会議を実施する。長男からの暴力はあるが分離が必要な緊急レベルではないと判断し、サービス支援で経過観察していくこととした。 また、家族への支援として、家族会や、認知症サポーター養成講座等への参加を呼びかけた。また、老健施設相談員との情報交換により、状況に応じた入所の対応を依頼し、入所対応となった。
本人のデイサービス中に、身体の状況を確認。太ももにこぶし大のアザとやけど(低温やけど)があった。過去にもアザができることが何回もあったが本人からは訴えなかった。本人の年金が、適切な介護サービスに利用されない。
地域包括支援センターと市担当課が本人の受傷状況をデイサービス等で確認しながら、対応方法の検討と、家族の訴えへの傾聴や介護負担軽減など働きかけを続ける。 要介護2へ区分変更となり、デイサービスを週3回に増加することができるため、分離できる時間を増やすことで介護者の負担軽減を図る。 デイサービス、ケアマネジャーと地域包括支援センターが見守りを継続しながら、家族の介護負担等意向の把握と、ショートステイの実施や介護保険プランの見直しのタイミングを図る。 ショートステイより帰宅後、デイサービスで引き続き見守る一方で、ケアマネジャー、地域包括支援センター、市担当課で息子の介護負担等意向の把握と、ショートステイの継続利用の働きかけを行う。 息子に対し、今後、暴力が続く場合は強制分離も視野に入れた対応となる可能性も含め、現状に対する認識を促す。 市担当課で成年後見制度の市長申立てを行う。 医療機関受診など金銭面の検討の実施。 警察とも連携し、息子へ対応する。 本人の入院を契機に関係者で検討を重ねた結果、養護者(息子)との再会、息子も了解の下、施設への再入所に至った。 同時に、後見人への財産等引継ぎもなされ、費用面の確保もなされた。
女性の介護職員Aが、認知症がある女性利用者Bが食事中によそ見をすることから、耳を引っ張ったり、アゴを動かしたりするなどして顔を食事介助がしやすい向きに変えていた。その行為を見た新人職員はおかしいと思い何度かたずねたが、職員Aは不適切な介護行為であるとの認識がなかった。悩んだ新人職員は、他の介護職員に相談した。
【原因】
先輩とはいえ、職員Aも勤めて1年を経過したばかりであり、新人に近い職員といえる。そのためか、新人職員Cが質問しても、その行為に対し明快な回答ができるだけの知識や技術はないようであった。また、職員Aの行為は嫌がる利用者を力ずくでというほど強引ではなく、利用者も怒って声を出したり、拒否したりという目立った行動をとらなかったこともあり、他に気付いた職員はいなかったようである。 なお、施設内では高齢者虐待防止などの研修を行っていたが、高齢者虐待の定義や内容についてどの程度理解されていたか確認する機会はもっていなかった。また、正規採用の常勤職員ほどには、非常勤職員の研修への参加が徹底されていなかった。
介護事業所の職員などによる高齢者虐待の発生要因は、以下のようになっています。
56.2
22.9
21.5
12.7
9.6
7.4
2.6
一方、家族などによる高齢者虐待の発生要因は、以下のようになっています。
52.4
43.7
33.3
32.1
31.8
25.4
21.7
デイサービスで、職員による虐待を予防するためには、以下のような対策が考えられます。
2021年度の介護保険法改正では、デイサービスの運営基準に「虐待の防止」が追加されました。新設された項目の内容は、以下の通りです。
第三十七条の二 指定通所介護事業者は、虐待の発生又はその再発を防止するため、次の各号に掲げる措置を講じなければならない。 一 当該指定通所介護事業所における虐待の防止のための対策を検討する委員会(テレビ電話装置等を活用して行うことができるものとする。)を定期的に開催するとともに、その結果について、通所介護従業者に周知徹底を図ること。 二 当該指定通所介護事業所における虐待の防止のための指針を整備すること。 三 当該指定通所介護事業所において、通所介護従業者に対し、虐待の防止のための研修を定期的に実施すること。 四 前三号に掲げる措置を適切に実施するための担当者を置くこと。
第三十七条の二 指定通所介護事業者は、虐待の発生又はその再発を防止するため、次の各号に掲げる措置を講じなければならない。
一 当該指定通所介護事業所における虐待の防止のための対策を検討する委員会(テレビ電話装置等を活用して行うことができるものとする。)を定期的に開催するとともに、その結果について、通所介護従業者に周知徹底を図ること。
二 当該指定通所介護事業所における虐待の防止のための指針を整備すること。
三 当該指定通所介護事業所において、通所介護従業者に対し、虐待の防止のための研修を定期的に実施すること。
四 前三号に掲げる措置を適切に実施するための担当者を置くこと。
これらの虐待の防止に関する措置は、2024年4月1日より義務化されます。
デイサービスで利用者様への虐待が疑われる場合、どのような対応をとれば良いのでしょうか。
家族からの虐待が疑われる場合と、職員からの虐待が疑われる場合に分けて、それぞれ詳しく見ていきましょう。
高齢者虐待防止法では、家族から虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合、速やかに市町村に通報しなければならないとされています。
デイサービスの利用者様で虐待が疑われる方がいた場合、速やかに市町村または地域包括支援センターの高齢者虐待対応窓口に相談・通報し、ケアマネジャーなどと連携を取りながら、今後の対応を考えましょう。
(養護者による高齢者虐待に係る通報等) 第七条 養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。 2 前項に定める場合のほか、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。 3 刑法(明治四十年法律第四十五号)の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、前二項の規定による通報をすることを妨げるものと解釈してはならない。
(養護者による高齢者虐待に係る通報等)
第七条 養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
2 前項に定める場合のほか、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。
3 刑法(明治四十年法律第四十五号)の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、前二項の規定による通報をすることを妨げるものと解釈してはならない。
高齢者虐待防止法では、介護事業所の職員が、自事業所の職員から虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合、速やかに市町村に通報しなければならないとされています。また、虐待の疑いを市町村等に通報した職員に対して、通報したことを理由として解雇等の不当な取り扱いを行ってはいけません。
(養介護施設従事者等による高齢者虐待に係る通報等) 第二十一条 養介護施設従事者等は、当該養介護施設従事者等がその業務に従事している養介護施設又は養介護事業(当該養介護施設の設置者若しくは当該養介護事業を行う者が設置する養介護施設又はこれらの者が行う養介護事業を含む。)において業務に従事する養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。 2 前項に定める場合のほか、養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。 3 前二項に定める場合のほか、養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。 4 養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けた高齢者は、その旨を市町村に届け出ることができる。 5 第十八条の規定は、第一項から第三項までの規定による通報又は前項の規定による届出の受理に関する事務を担当する部局の周知について準用する。 6 刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項から第三項までの規定による通報(虚偽であるもの及び過失によるものを除く。次項において同じ。)をすることを妨げるものと解釈してはならない。 7 養介護施設従事者等は、第一項から第三項までの規定による通報をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いを受けない。
(養介護施設従事者等による高齢者虐待に係る通報等)
第二十一条 養介護施設従事者等は、当該養介護施設従事者等がその業務に従事している養介護施設又は養介護事業(当該養介護施設の設置者若しくは当該養介護事業を行う者が設置する養介護施設又はこれらの者が行う養介護事業を含む。)において業務に従事する養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
2 前項に定める場合のほか、養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
3 前二項に定める場合のほか、養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。
4 養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けた高齢者は、その旨を市町村に届け出ることができる。
5 第十八条の規定は、第一項から第三項までの規定による通報又は前項の規定による届出の受理に関する事務を担当する部局の周知について準用する。
6 刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項から第三項までの規定による通報(虚偽であるもの及び過失によるものを除く。次項において同じ。)をすることを妨げるものと解釈してはならない。
7 養介護施設従事者等は、第一項から第三項までの規定による通報をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いを受けない。
ここまで、高齢者虐待の定義や種類、デイサービスにおける虐待の事例などについて述べてきましたが、いかがでしたでしょうか。
自事業所で虐待の発生を防ぐためには、高齢者虐待防止法や運営基準の内容を把握し、職員に周知徹底していくことが大切になるでしょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。