介護保険制度は社会全体で支えあう公的なサービスです。利用者は事業者を選択して対等な立場として契約を結んでサービスを受ける仕組みになっています。様々な事業者が参入し競争することでのより良いサービス提供が期待されています。
一方で利用者は事業者と比較して専門知識や情報量が少ないことから制限なく事業者に競争させるだけでは利用者の権利擁護を阻害することにもなりかねません。そのため苦情を受け付ける窓口の設置など、利用者からの相談に適切に対応することを制度化しています。事業者は苦情を受け付けることで介護サービス改善の契機として介護サービスの質の向上が求められています。
また利用者からの苦情は、事業者の窓口のみでなく、事業者を管轄する区市町村及び国民健康保険団体連合会でも受け付けることとされておりサービス提供者としての事業者に言いにくい苦情を申し立てしやすくなっています。事業者としてはこれらの苦情があった場合には適切に対応することはもちろん、利用者が安心してサービス提供を受けられるように次のことが求められています。
1.適切な経営姿勢
公には対等な立場での契約となっていますが、情報量や専門知識の多さの面から事業者側が優位に立ちやすい状況にあります。事業者は常に利用者本位に事業を行い地域福祉の担い手であることを十分認識して職員全員での行動規範の遵守が必要になります。
2.利用者、家族に開かれた相談体制の確立
制度上、苦情の中には相談というものも含まれています。本来の苦情になる前に相談技術を習得した職員により相談対応が可能になることも必要です。この体制は家族にもわかり易く利用しやすいものとすることが望まれます。もちろん本来の苦情の申し立てがあった場合には迅速かつ適切に対応することが制度上規程されています。
3.意識改革(苦情をサービス改善の契機にする)
利用者は制度の定着とともに苦情を申し立てしやすくなっているといえます。事業者は日常の危機管理や体制確立、職員の意識改革などから苦情があった場合には適切な対応ができる準備をしておくことが必要になっています。また苦情があった場合にはサービス改善のきっかけとして積極的に活用していくことも必要です。苦情の発生原因を分析し再発防止に努めることでサービスの質が向上するようにします。
介護サービスを提供しているなかで苦情が発生する可能性は常にあります。この可能性をなるべく下げて苦情を未然に防止する取組みをしていく必要があります。同じようなサービスを提供している事業者の事例や、その対応方法などの公開されている情報を把握して自社の各部門や各職種において、どのような苦情が発生する可能性があるのかということを検証することも有効です。自社内での苦情発生リスクを分析評価することで予防策を講じることもできますし、予防策を講じることでサービスの質の向上にもつながります。
また突然発生した苦情にも、常日頃から苦情に対する分析評価を行っていれば迅速に対応できるものです。これらの取組みは事業所全体で行い情報を共有することも大切です。
実際に発生した苦情に対しては、事業者が組織として事実確認と原因究明を迅速に行い、結果と対応策、再発防止策について利用者に適切に説明することが必要になります。対応策や再発防止策の報告までには調査や検討の時間も必要となりますが、適切なタイミングで途中経過報告などの初期対応も必要です。特に苦情を受け付けたあとの初期対応が不適切なため利用者の不信感を生じさせることで解決が困難になることが多く見受けられます。
苦情を受け付けた際は、内容を正確に記録することが重要ですが、同時に苦情に対する事実確認や調査、対応策の検討などをする際もすべて書面に記録します。これら記録した内容は職員全員で共有することも重要になります。この書面は場合になっては必要となる損害賠償の際や、訴訟が提起された場合の証拠ともなり得ます。保存期間についてはサービス提供終了から2年となっていますが、状況によってはより長期間の保存が望まれます。
苦情の取り扱いの際に注意が必要なこととして個人情報の取扱いにも配慮が必要となります。先ほどの苦情受付記録も含めて、事業所内で取扱う個人情報や各種記録は、漏洩、紛失、滅失をさせてはいけません。情報の取扱いに際しては個人情報の保護に関する法律や関連するガイドラインを遵守することが求められています。
特に電子データ化された情報や記録が多くなっている現在では取扱いを誤ると一瞬でこれらのデータを消失、流出されてしまうこともあります。あらかじめ取り扱い方法などについて十分検討したうえで取り扱うようにします。
万一これらの情報取り扱いで事故があった場合には関係者には事実の報告と謝罪を迅速に行い、あわせて原因究明と再発防止を講じる策を確立するようにしなければいけません。
1.事業者が直接苦情を受け付ける場合
相談員などの苦情受付窓口の職員が直接受け付けた場合には、利用者からの苦情内容を傾聴すると同時に正確に記録するようにします。
サービス提供職員などの苦情受付担当以外の職員が苦情を受け付けた場合には、本来の担当職員にすぐ報告して担当職員が改めて利用者からの苦情を適切に聴き取りするなどして受け付けるようにします。
受け付けた内容は、事業所内の管理者を含めて協議検討します。基本的な流れは"事実確認""原因究明""再発防止策の策定と実施"となります。これらを管理者など事業所で定める適切な担当者から利用者に対して説明し、納得いただくことで一連の流れは完結します。
2.上記1で利用者の納得が得られない場合
事業者は苦情解決のための第三者委員会を設置することとされています。利用者と苦情内容について十分説明しても納得を得られない場合には、この第三者委員会に諮問、助言を得ることで解決を図ります。
尚、利用者はこの第三者委員会に対して直接苦情申し立てをすることもできます。
3.上記2でも利用者の納得が得られない場合
利用者は苦情申し立て窓口として、事業者を管轄する区市町村などの保険者が設置する苦情受付窓口や国民健康保険団体連合会が設置する苦情受付窓口に直接苦情申し立てや相談することができます。
苦情を受け付けた機関は事業者に対し調査や助言、指導を行い解決を図ることになります。解決に向けて実行された内容はこれら機関から利用者に通知されます。
4.利用者が直接区市町村などの保険者や国民健康保険団体連合会に直接苦情申し立てした場合
利用者は直接区市町村などの保険者や国民健康保険団体連合会に対して苦情申し立てできることになっています。その場合には、上記3のとおりの流れで解決が図られます。
5.居宅支援事業所で苦情受付した場合
在宅介護サービスの場合、利用者がケアマネージャーに対して苦情を申し立てることもあります。その場合居宅介護支援事業所として一旦苦情を受け付け、対象となる事業所の相談受付窓口に連絡して苦情内容を引き継ぎます。居宅支援事業所としては事業者に対して苦情内容を申し入れ引き継いだことを利用者に報告します。その後は事業者が利用者に対して苦情解決に向けた対応を実行します。ケアマネージャーを交えて解決することが望まれる苦情内容の場合には、居宅支援事業所としてサービス提供事業者と連携して解決を図るようにします。
苦情内容短期入所生活介護を利用中に誤薬事故が発生し、事故内容の説明の際に 渡された書面内容に具体的な薬剤や量の記載がなく、改めて記載を要求したところ、薬剤の効能と量の記載が間違っていた。
要因事業所が当初事故内容を説明するために作成した書面は、生活相談員がが作成した資料を基にしたものでした。その資料では他の利用者が服用すべき薬の内容を記載することは個人情報の第三者提供にあたるとの考えから最も重要な誤って服用することになった薬剤情報を記載していませんでした。
また、薬剤情報の追加記載を求められ追加提出した書類を作成する際には実際の事故内容の記録を間違って書類に転記していました。加えて実際に誤って服用してしまった分量については、服薬当時の記録が残っていなかったため正確な量を把握できていなかったのですが、本来の服薬予定者のお薬手帳の内容から服薬量を推測してその内容を記載していました。
ポイント誤薬事故の場合、利用者に対する説明で最も重要な誤って服薬した薬と、その分量の説明をしないのであれば適切な説明とはならないことを認識しなければいけません。薬名と量は本来その薬を服用すべき利用者の個人情報ですが、薬名と量だけを説明しても個人の特定には至りにくいものであり、即個人情報の第三者提供には当たらないという判断が必要でした。
また万一個人の特定ができる内容であったとしても誤薬事故は誤って服薬した方の生命、身体の安全に関わる重大事故となり得ます。本来服薬すべき方の同意を得るなどしてでも、これらの情報は最初から提供すべきものであると考えなければいけません。
これらの情報の追加記載を求められた際に作成した書面では、誤って服用してしまった薬の効能と量を、推測と確認不足で誤った情報を記載してしまっています。誤って服用してしまった薬の量については、そもそも記録が残っていないことが良くないのですが、本来服用すべき方のお薬手帳の記載内容を転記することは誤薬してしまった量の推測になりますのでしてはいけません。記録の不備により誤って服用した量はわからなかったとするべきですし、効能については十分確認したうえで記載する必要がありました。
改善状況事故発生の際は記録を速やかに行うようにしました。
その後の看護職員が行った医療に関する行為については、特に詳細な記録を作成するようにしました。薬に関する情報などの重要情報の記載については他の職員が確認するようにして、正確な記載を行うようにしました。
利用者から説明を求められた際は速やかに対応して記録に基づく丁寧な説明を行うようにしました。
苦情内容特定施設入居者生活介護の事業所内で罹ったインフルエンザについて納得できる説明がなかった。
施設利用中にインフルエンザに罹り肺炎を併発したため緊急入院となった。入院に至るまでの経過説明を依頼したが「説明を含め、法人に責任はない」との回答であった。
要因管理者は利用者の入院先に見舞いに行き、申立人に対して状況報告していました。しかし申立人が説明を求める原因となっていた「施設内で感染症を発症する環境に対する説明」ができておらず申立人の不信感を取り除くことができていなかったことが苦情発生の要因となっていました。
ポイント入院時は家族も手続きなどに忙しい中精神的にも余裕がないところで口頭での説明をしていたことが良くありませんでした。早期に一定の説明をすることは良いのですが詳細な説明をしても納得していただきにくい状況であることを認識する必要がありました。あらためて後日詳細説明の日程を設定させていただくなどの配慮が必要です。
病状悪化の経緯などについて事業所からの説明で納得が得られない場合には、往診医などの協力を得て医学的見地から説明することも必要になります。
苦情の内容を組織として真摯に受け止め、申立人の不満や要望を的確に把握して迅速かつ懇切丁寧な説明をする必要がありました。
改善状況対応マニュアルを見直し、体調不良の際と急変やケガによる緊急受診の場合で対応方法を変更しました。
体調不良の場合には速やかに状況報告を行い、その上で主治医の診察を受けることを伝えるようにしました。また診察の結果については事業所の看護職員か主治医から直接説明するように改めるようにしました。
緊急受診の場合は、救急要請を行ったうえで家族に連絡して状況報告をするようにしました。その際搬送先の病院に来ていただくことにしました。搬送先の病院でも救急車に同乗していた職員から病院に来ていただいた家族にあらためて状況報告を行うようにしました。、その後の診察にも許可を得たうえで立ち合い診断結果によって入院することになった場合には、家族にその旨連絡するようにして、その後の家族の意向を確認するようにしました。
説明をする際は、タイミングや説明する相手の心情、状況などに十分配慮するようにしました。
事故発生時
基本的には次の流れで対応するようにします。いずれの段階でも、いつ、だれが、だれに、何を、どのように、対応したのか、すべて記録を残すことも重要です。
1.状況把握
利用者の身体状況を的確に把握します。
2.状況報告、必要な措置の実施
あらかじめ決められたフローのとおり管理者及び医師や看護職員に連絡します。
今後の対応について指示を受け、指示に沿って必要な措置を講じます。
3.家族への連絡
事前に家族と協議して定めた取り決め内容のとおりに連絡します。そのためにはあらかじめどのような場合には、だれに連絡するのかを協議して取り決め内容を定め、これらの情報を職員で共有しておくことが必要になります。
4.事故に関する記録と原因の究明、再発防止策の策定
事故の発生状況や対応経緯について記録します。その記録に基づき事業所内で組織的に検討を行い原因究明します。原因として挙げられたものに対する再発防止策を策定して実施します。
5.利用者、家族に対する説明
なるべく速やかに家族と面談して事故内容や経緯、原因などを事実に基づき正確かつ丁寧に説明します。
6.関係機関への報告(事故報告書の作成)
A)区市町村
過失の有無に関係なく、定められた基準以上の事故については区市町村が定める様式の事故報告書を作成して報告します。
B)居宅介護支援事業所
居宅サービス提供中に発生した事故の場合は事故内容について居宅介護支援事業所および担当ケアマネージャーに報告します。
C)損害保険会社
保険金請求の可能性を問わず記録を基に事故報告書を作成します。
7.示談(紛争の回避に向けた当事者間の話し合い)
上記6の項目まで適切に実施しても、利用者、家族からの納得が得られない場合には損害保険会社や弁護士などの専門家に相談しながら対応するようにします。
状態悪化時
苦情のなかには、利用者の状態が悪化したときの対応が適切でなかったというものが多数存在します。高齢者の状態は変化しやすいため適切に対応するためには次の3点に注意することが望まれます。
株式会社ケアモンスター 代表取締役。社会福祉士・介護支援専門員。1975年生まれ石川県出身。 整形外科(老人保健施設)や脳神経外科等に勤務し、医療ソーシャルワーカーや介護支援専門員として、組織や地域のマネジメント業務に携わりながら、医療経営を学ぶ。 その後、医療法人の理事、MS法人の取締役として、クリニックを中心とした介護事業の立ち上げや運営を行う。 2014年に、コンサル事業・セミナー事業を主に起業。現在は、今の福祉事業の概念を壊しながら、「新しい価値」と「新しい仕組み」を創造する!ということをテーマに活動中。