「接遇」という言葉は「応対」「接待」「処遇」という言葉から合成させたものです。仕事などの目的を持った人どうしが接触したとき、お互いが気持ちよくスムーズに目的を達成するための心構えや方法を指す言葉と、とらえられています。介護事業所の職員としての目的とは、「利用者に対するサービス提供」「家族との円滑な関係の構築」「関係業者との円滑な関係」「事業所として関係するすべての人々との信頼構築」が挙げられます。これらの目的をスムーズに達成するために必要な心構えと方法となるのが「接遇」であると考えれば、接遇がとても重要なものであるとわかります。
接遇の基本は「身だしなみ」「あいさつ」「笑顔、立ち振る舞い」「言葉遣い」です。これらを身につけることで良い接遇を行うことができお互いの信頼関係も強くなります。介護事業所の職員が目的を持って接する人とは、利用者、その家族と職場内の他の職員、関係業者などとなります。これらの人々とのより良い関係を築き信頼関係も強くするためにもより良い接遇を行えるようにすることが必要です。
職場での身だしなみは仕事や周囲のことに対しての誠意の表れとも言えます。「清潔感」「機能性」「相手に不快感を与えない」ことが重要になります。職場は仕事をする場所ですから身だしなみを考える上でおしゃれを考える必要はありません。一方人の第一印象は出会いの数秒で判断されると言われています。また最小律の法則と言われるものがあり、これは「全体の中で一番低い水準の者(物)が全体の水準であると認識されてしまうというものです。つまり1人でも水準が低いと全体の評価が水準が低い人になってしまうということになるということです。
介護事業所ではユニホームを採用していることが多いため同じユニホームを着ているかぎり身だしなみに気にしなくても良いというものではありません。ユニホームの利点は統一された美しさと機能性にあります。常に手入れをして美しく保つこととあわせて、着崩さずきちんと着用することでユニホーム本来の効果を発揮できるようにしなければいけません。
アクセサリーや香水などについても介護業務を提供するものとして不適切なものは付けないようにする必要がありますし、髪型についても清潔感を保った上で介護サービス提供に適切と考えられるものとします。
挨拶は「私はあなたを確認しました」というコミュニケーションの第一歩です。率先して自分から挨拶することで前向きな印象を与えることができスムーズな応対が実現できます。またどんなに丁寧な挨拶も相手に届かなければ挨拶しなかったのと同じことになります。相手にきちんと届くさわやかな挨拶にすることがとても重要です。
挨拶の際に必要となるのは、相手よりも先に自分から相手の目を見て元気に声をかけ、お辞儀などの適切な立ち居振る舞いをもって、常に接している利用者はもちろんのこと、廊下などですれ違うお客様や職員同士でも、適切な言葉づかいで挨拶をするという点です。言うまでもなく挨拶は誰にでも適切な形で行っていかなければいけませんが、介護事業所の職員として特に注意が必要となるのが利用者に対する挨拶です。介護事業所にとっての利用者とはお客様です。
どのような業種であっても事業者がお客様に対応するとき、相手を敬称で呼び、言葉遣いは常に敬語であるのが普通です。しかし介護事業所では職員が利用者に向けて呼びかけをするとき、敬称ではなく「ちゃん」「クン」を付けて呼びかけたり、愛称で呼びかけていることを見かけることが良くあります。これは利用者に対して親近感を持って接したいということが理由になっているようですが、事業所の職員がお客様である利用者に向けての言葉遣いとして適切であるとはいえません。加えてほとんどの場合には利用者は職員よりも年長の方となります。適切な対応として敬称で呼びかけし、敬語で接することが必要です。
介護事業所に来訪される方は、事業所を利用中の方、そのご家族、新たに利用を検討されている方をはじめ、業務委託先や物品納入業者など様々な方が様々な用件をもって来られています。これらの方々はすべて事業所にとってのお客様です。お客様をお迎えするにあたって適切に対応ができるように普段から出入口に注意をしておくようにします。お客様が来られたことに気づいたら積極的にこちらから挨拶をして声を掛けましょう。その際いらしたお客様がどのような用件をもっていらしたのか、事業所の誰あてにいらしたのか、という点を適切な言葉遣いで確認するようにします。
自分自身が応対できることであれば、周囲の職員に来客応対する旨を伝えて対応するようにします。自分以外の職員宛てに来訪された方であれば、確認した用件とお客様のお名前を伺い、担当者につなぎますが、その際には「ただいま呼んでまいりますので、少々お待ちください」などの言葉でソファなどがあれば快適にお待ちいただくようにします。
用件を伺い次第お客様を不用意にお待たせすることの無いようにすぐに担当者にお客様がいらした旨を伝えて対応してもらうようにします。あらかじめ担当者が他の要件にかかっていて手が離せないことがわかっているような場合には、その旨をお伝えして「申し訳ありませんが、こちらで少々お待ちいただけますでしょうか」などと適切に対応するようにします。
実際に対応に入ったときに気を付けるポイントは次の7点が挙げられます。
1.はっきりと聞き取りやすく話すこと
小さい声やボソボソとした発音では聞き取りにくく伝わりません。
話し方の速度や声の高低、間の取り方にも気を付けて聞きやすく話します。
2.わかりやすく簡潔に話すこと
なるべく専門用語や略語などわかりにくい言葉は使わないようにします。職員同士で日常的に使っている専門用語などは特に介護にあまり知識が多くないご家族などは理解できません。それぞれのお客様に応じた表現や単語を使ってわかりやすく簡潔に話すようにします。
3.正しい言葉で話すこと
相手はお客様ですので敬語で話すことは当たり前ですが、間違った敬語を使うことがないように気を付けます。自社の職員のことを話すときは、自分の上司であっても社外の方と話すときは敬称はつけてはいけません。フランクな雰囲気を出す必要があっても言葉遣いを崩すことで距離感を縮めるようなこともしてはいけません。笑顔や話し方などで十分距離感を感じないようにすることはできます。
4.反応をみながら話すこと
お客様の反応を見ながら話すようにします。うなずき方や表情の変化などに注意して、今自分が話していることを理解してもらえているかを確認しながら話を進めるようにします。場合によっては一定の内容を説明した段階で「ここまででご不明な点はないでしょうか」などと直接ご理解いただいているかを確認しながら話を進めることも良い話し方です。
5.肯定的に話すこと
難しい交渉事やクレーム対応の際はお客様の話の内容に対して否定的な話をすることも必要になります。その際にも話し方自体はなるべく柔らかくなるように気を付けます。言われたことに対して「それはちがいます」「それはできません」などというように端的に否定するような話し方は反発を招きますし状況によっては失礼にあたります。「申し訳ありません。せっかくのご意見ですが、このような理由で、それはできかねます」というように否定的な言葉を使う時には表現の上でクッションになるような単語をいれるようにしながら、誤解を招かないようわかりやすく話すようにします。
6.自然な表情で話すこと
状況にあった自然な表情で、メリハリのかる話し方を心掛けるようにします。無表情で淡々と話すような対応をするとお客様に不快感を与えてしまいます。
7.態度に気を付けること
「あなたの話を聞いています」ということが相手にもわかる態度で話しましょう。相手のほうに身体を向けてごく自然に相手の目を見るようにします。態度の悪い人とは話をする気になれないのが普通です。態度から相手が不快感を感じないように次のような態度にならないように特に気を付けることが必要です。
①腕組みをしたり足を組んだりする
②ふんぞりかえる
③咳払いが多い
④常に落ち着かず身体を動かしながら話す
⑤カウンターに寄りかかりながら話す(片手をつく、寄りかかるなど)
8.正しい名刺交換をすること
お客様と名刺交換をすることも考えられます。まず名刺は「お客様自身」を現しているものであると認識しましょう。名刺交換の際はお互いに右手で相手のほうから正しく見える方向で自分の名刺を差し出します。その際反対の手には名刺入れを持って名刺を差し出す手と同じ高さにしておきます。名乗りながら名刺を相手が持っている名刺入れの上におくような形で差し出すようにします。名刺入れの上で受け取った名刺はそのまましまってはいけません。
基本的に面談している最中は常に応対している机の上に、名刺入れの上に置いたまま正しい方向でおいたままにして置きます。このとき名刺はお客様自身であり、自分の名刺入れは座布団であると考えるとわかりやすくなります。応対が終わって席を立つ際に名刺入れにしまうようにします。複数の方と同時に応対する際は複数の名刺が自分の名刺入れの上のおけるようにします。その際応対している名刺の肩書などからお客様の職責順列によって上から順に並べるように置いておくこともマナーです。
電話での応対は相手の表情が見えないため話し方が大変重要です。また仕事で電話を使うときは話し方に加えて「迅速」「正確」「丁寧」「簡潔」の4点についても意識ようにします。
「迅速」とは電話が鳴ったらなるべく早くでることです。一応の目安としては3コール程度と言われます。それ以上お待たせしたときは、電話に出た際にまず「お待たせいたしました」と言ったうえで挨拶をすることから会話を始めます。
「正確」とは電話で伝えられた内容は、メモをとり、必要に応じて復唱することで間違いがないかを確認することです。電話を掛けてきた相手も復唱確認をされることで正確に伝わっているという安心感をえることができます。
「丁寧」とは簡潔でありながらも丁寧な言葉や言い回しなどで誠意ある対応をすることです。電話では話している人の表情や態度は見えませんが、本当に丁寧な対応は相手に誠意ある態度で対応していることが伝わるものです。言葉遣いにも気を付けますが誰かに電話を代わるときは、それまでとっていたメモをその人に渡して自分が対応した内容を明確に伝えて代った人に同じことを言わなくても良いようにするなどの配慮も必要です。
最後に電話を切る際は、相手が先に切るのを待つことが基本です。「失礼いたします」などの最後の挨拶を述べたうえで自分から電話を切ることもあるかもしれません。その際にはフックボタンを指でそっと押して電話を切ります。受話器をいきなり電話機に置くことで電話を切ると、受話器を置いたときの「ガチャン!」という大きな音が相手に伝わってしまいます。最後まで丁寧な対応を心掛けます。
「簡潔」とは「結論」「理由」「詳細」「経緯」の順番で伝えることをいいます。仕事での電話では、相手も忙しくしているなかでまず聞きたいのは「結論」です。相手と直接面談しながら話すときに話す順番と異なります。自分から電話を掛けるときは伝える内容をあらかじめ整理して伝え方を簡単でもよいので事前に準備しておくことが望まれます。
利用者の自宅を訪問することもありますが、その際に注意する点も多くあります。自転車を利用して訪問する際、手軽で小さな乗り物であるため、ついどこにでも置いてしまいがちですが、勝手に利用者宅の敷地内に入れてはいけません。まずは他の人の通行に迷惑にならないよう道の端におき、利用者か家族に、事前連絡のうえ自転車の置く場所を確認したうえで、訪問するようにします。これは自動車で訪問した際も同じことが必要になります。
通所系事業所の場合、利用者の送迎の際に敷地内に自動車で進入しているから敷地内に駐車してもいいだろうなどと勝手に判断せず必ず事前に確認のうえ、了解を得てから乗り入れるようにします。適当な駐車場所が確保できないことがあらかじめわかっている場合には近くの駐車場を確認しておき、そこに駐車して歩いて訪問することも必要です。
訪問系事業所の場合、あらかじめの取り決めにより家族が不在でも鍵を開けて家に入るようになっていることも多くあります。そのような場合には鍵の受け渡し方法や置き場所を決めることはもちろんですが、入室方法や貴重品のある部屋には入らないなどの取り決めも絶対に必要になります。訪問介護の場合には家の中にあるものを介護に使用することもありますが、どこにある、何を使ってよいかをアセスメントの際に取り決めておきます。
使ったものは元あった場所や取り決めた場所に戻すなどを徹底します。取り決めた内容と違うことをしないといけない場面も想定し、手順をなるべく詳細に取り決めておくことが重要となります。取り決めと異なる作業をしなければいけない場面に直面したとき、やっても良いか判断が難しい場合には事業所の上司などに相談して対応することも必要になります。また上司などの指示にもとづき取り決めと異なる対応をした場合、かならず記録を残し、理由や経緯などを説明するようにしましょう。
接遇とは目的を円滑に達成するためのものですので、この場合介護作業を円滑に進めるため利用者はもちろんですが、家族との深い信頼関係の構築が接遇と言えます。間違っても不信の念を抱かれるようなことがあってはいけません。特に家族不在の居宅で介護作業をする際は、疑われる行動をしないこと、そのためにあらかじめ必要なことは取り決めておくということが必要になります。
接遇は事業所内でも重要なものです。同じ目的に向かって尽力しているのは現場で介護作業を担当している人だけではなく事務所にいる上司も同じです。仕事上不明な点やわからないことがあったり事故などがあれば事業所の上司に報告、連絡、相談をすることを徹底します。報告しにくいことも事実を基に包み隠さずまず報告するようにします。特に訪問系事業所の場合、介護職員は単独で作業していることがほとんどです。その場合、あらかじめの取り決め以外の事象に自分の勝手な判断で対応してしまうことで事故となった場合大きな問題になることも多いものです。
作業に着手する前に必ず事業所の上司に相談するようにします。事業所内でも基本的には同じ流れで対応します。また上司から仕事の指示があった場合にも報告、連絡、相談は重要になります。仕事の指示を受ける際は必ずメモをとりながら指示を聞き、指示が終わった段階でわからないことがあれば必ず質問するようにします。あわせて仕事の完了期限を確認してから仕事にかかるようにします。ある程度の期間を必要とする仕事の指示があった場合には、期限までもくもくと仕事をするようなことをしてはいけません。
上司は指示した仕事の進捗状況を気にしているはずです。タイミングを考えて中間報告をするようにします。このような対応をされれば仕事を任せた上司も安心して仕事の完了を待つことができるものです。ともすれば接遇とは外部の方や利用者、家族に対してのみ必要なものと思われることがありますが、そうではありません。ここで挙げたように事業所内の上司、同僚、部下、後輩など仕事上自分と関わる全ての人に対して必要なものと認識しましょう。
株式会社ライフケア代表取締役。一般社団法人デイサービス協会理事長。